第23話

「徒党を組んで来たか、例年通りだな」

 少女、流郷りゅうごう十六原いさはらの背後には両手指では足りない数の骸が転がり、眼前には足の指を足しても数えきれない数の人影が距離を置いて立ち塞がる。

「相変わらず冗談みたいな強さしてますねぇ組長さん」

「組長と呼ぶなバカ共」

 軽口を叩いてはいるものの、双方警戒は怠っていない。

 いや、十六原にとってそれは自然体であり、リラックスできる状態である。

 もっと言うと、彼ら程度が束になったところで自分の足止めにもならないとわかっている十六原は、ベルトで腰に固定している二振りの刀の柄に肘を乗せてあくびをしてみせるくらいには余裕がある。

 あくびを噛みながら十六原が余所見したのを、愚かしくも隙であると捉えた有象無象の一人が、構えていた銃火器の引き金を引いた。

 弾丸は目標に命中することなく、二又に分かれて瓦礫にめり込んだ。

 銃声と相前後して、刀を納刀する澄んだ音が小さく響いた。

 見ればいつのまにか十六原の右手は刀の柄を握っていた。

 まっすぐ飛んで行った弾丸が真っ二つに裂けた、それは十六原の抜刀を示していた。

 しかし、その場に居た誰一人として抜き身の刀身を目視できた者は居ない。

 一瞬の静寂を挟んで、裂帛の気合いが飛ぶ。

 迂闊な発砲によって戦いの火蓋は切られた。切られてしまった。

 その場に居た十六原と相対した二十幾人、胸中に勝てるという思いは無い。

 敵う道理は無い。しかし挑まなければならぬ。

 多くの小隊は椎葉率いる第六小隊同様に生徒会の戦力を分散させ、手薄になった拠点を発見し一気呵成に攻め落とす算段になっている。

 ゆえに、彼らの役目は十六原の足止めであり、後退は許されない。

「……ふん」

 十六原はゆっくりと一振りの刀を鞘から抜き放つと、向かってくる先頭集団に向けて横薙ぎに一閃。三人が脱落した。

 日本刀の一太刀で三人もの人間を両断できるのか、問われれば答えは否である。

 どれだけの怪力を誇る者が振おうとも関係ない。日本刀はそれができる造りになっていない。

 鋭利な刀身によって押し切るのが多くの刀剣類に備わる性質だが、多くの日本刀は鋸のように引いて撫で斬るのが本質である。

 日本刀が群を抜いて切断に秀でているのは、鋸のように引いて斬る事によって接地面に摩擦が生じて摩擦熱で分子が剥がれやすくなるからである。

 しかし、十六原の持つ剣、『鐡刀てっとう澈火てつび』に使われる金属は錬金術によって生み出された特殊合金であり、熱伝導率は炭素を超える4000W/m・k。

 そして外部熱を受けて励起する性質を持ち、僅かな熱を伝えるだけでも発光して見えるほどに高温になる事から海外では鮮やかな赤を意味するエカルラートと呼ばれている。

 ──日本では、ヒヒイロカネとも。

「はぁ……っ!!」

 身の丈ほどのバリスティックシールドを構えていた大柄な生徒が、盾もろ共袈裟懸けに裂けてぐちゃりと水音を立てながら崩れ落ちる。

 血糊の滴る澈火を陽光に翳すと、刀身が緋色に輝き纏わりつく血を蒸発させる。

「む、無茶苦茶だっ……!」

 それはまるで肉厚な振り子の斧のように、足を止める事なく立ちはだかる一切を切り崩して前進してくる。

「こんなの足止めできるかよぉ!」

 第二第三第六小隊連合二十七名、その数を以って流郷十六原を足止めをできたのは時間にしてわずか七分二十三秒。内訳にらみ合いに費やしたのを四分四十秒とする。

 血の海と化した竹下通りの一角を一瞥し、大きなため息を吐くと十六原はゆっくりと刀を腰の鞘に納めた。

「……バケモンかよ」

 惨劇の現場からおよそ600m先、建物の上から第六小隊の狙撃手、狩野は事を見ていた。見ていざる得なかった。

 元より狩野は十六原のマンマークをする偵察兵スカウトであり、十六原の動きを報告し続けて隙があれば狙撃する、という役目だった。

 しかし、三時間にも渡る監視の最中、彼が引き金に指を掛けた事は一度もない。

 たとえ現状のように背を向けて立ち止まっていても、狙撃に反応して殺しに来るという確信にも似た予感があるのだ。

 通常であればそんなはずはない。目視できるかもわからない背後の距離から亜音速で飛来する弾丸を避けた挙句に反撃に出れるわけがない。

 だが、【調停者バランサー】冬薙燕を筆頭とした神をも殺す人間の枠組みを超えた者ら、人類学者たちの言う【超越者トランセンデンサー】にそんなはず、は通用しない。

 そして彼女、流郷十六原もその域にある人物である。

「……あ?」

 スコープを覗きながら顎に溜まった汗を拭っていると、伝兵から通信がもたらせれる。

 曰く、一人の後輩がこちらに向かってきているというもの。

 たった一人が来たところでなんになるというのだ。と、思いつつも反駁の思いも生まれた。

 あいつなら。映像で見た戦闘の記録を思い起こす。

 あれはきっと、いや絶対に、あいつも線を越えてしまった側の人間なのだ。

 ならあるいは──と、件の人物からの指示が来た。

 ただ一言「五秒以内に撃て」と。

「ったく、生意気な後輩だなァ!」

 狙いを定めて引き金を引いた。

 意識外からの狙撃だというのに剣聖、流郷十六原は反応を見せただけでは飽き足らず、驚くことに7.62mmのライフル弾を振り向きざまの抜刀で真っ二つにした。

 ──が、流石の剣聖も相前後して現れた雷を噛んだ男には驚嘆する他なかった。

「あいや御免ッ!」

「なん──ッ!?」

 それでも、落雷の如く迫る膝蹴りが顔面を捉えようというあわや、肩を捻ることで直撃を避けてみせた。

 それから間髪いれずに続く連撃を躱し、あろうことか反撃さえしてみせる十六原。

 体型の変わった件の後輩、都京太郎が辺りに生えていた標識をもぎ取って薙刀のように振り回し剣戟三合。

 火花を散らして切り飛ばされた止まれの三角形がビルの窓ガラスを割った。

 それが仕切り直しの合図とでも言うように、京太郎が標識だった物を投げ捨て距離を取る。

 すると、京太郎の体を覆っていた炎の衣のようなモノが空気に溶けて消える。

「音に聞こえし焔の剣聖、こうして相見えることができようとは恐悦至極、僥倖と言う他言葉を持てず!」

「いつぞやの転校生か、言葉のわりには結構な挨拶をしてくれたものだな!」

呵々カカ、そう言うな。オマエの一報を聞きつけ押っ取り刀で来たんだ、勢い余るくらい大目に見ろ」

 《雷電神駆ライトニング》による高速戦闘で瞬く間に四チーム三十二人を撃破し、冲天の勢いで都心部を駆けて来た。

 その間わずか六秒。残りの秒数を鑑みると口上を垂れる時間も惜しかった。

刧氣火灘ごうきかだんの娘よ、道を分かたれた焔が如何なるものか、都の焔に示してみよ!」

「都の焔……ああそうか、なら貴様が赤手の棟梁か!」

 十六原の目の色が変わり、ギラついた眼光がはしる。

 刧氣火灘流、群ではなく個での戦い。立ち会いが素肌剣術へと移行した江戸の頃に赤手空拳流から派生した剣術を主軸とした流派。

 都の焔を継がずに進歩した火炎の武術。

 ゆえにこの一戦は、交流試合とも取れる立ち会いだった。

「ようし、これ以上口にするのは野暮だ。語らいは血風の中で存分にするとしよう!」

 そう言って手を掲げた京太郎だったが、待てども来ない相棒にはてと首を傾げる。

「……ああそう言えば、欧米の童に抱かれたまま消えたんだったな。仕方あるまい」

 ツイナの不在を思い出した京太郎は、気を取り直して右手に焔を宿すと宙空を裂くように一文字に爪を立てる。

 その軌跡から炎が溢れたかと思うと、すぐさま大気に溶けて見えなくなってしまう。

「赤手空拳流無刀術、《火昧太刀かまいたち》」

 高温ゆえに無色。透明な炎の刃。

 赤手空拳流六代目党首、もとい刧氣火灘流初代首領の編み出した御業。

「さて、死合うか剣聖!」

「……とうの昔に言う気も失せたが、私は剣聖ではない。そう呼ばれるに値しない」

 否定的な言葉を口にしながらも刀を構えて戦闘態勢を取る十六原。

「呵々、気にするな。値するか決めるのはおまえではなく、このオレだ」

 頭を低く跳躍した京太郎が、一歩で十六原へ肉薄する。

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