肥満の峠を越えろ
第22話
渋谷駅へと続く大通りを相棒のバイクで走り抜ける。対向車もなく、道路交通法を無視して道のど真ん中を突っ切るという非常識は大変に気持ちのいい行為だ。調子に乗ってハンドル操作を誤れば並走する機兵に轢かれかねないのだけが気にかかるが。
『そろそろだ都、作戦忘れてねえだろうなァ!』
隣でアスファルトを削りながら走行する黒鉄の鬼〈オオタケマル〉に乗った椎葉の声がカナル型イヤホンを通して蝸牛管をつんざく。
「わーっとりますよ、拙僧らはこのまま駅前に行きゃいいんでしょう!」
今回の役目は囮。鴨脚との一件が校内に一斉放送されてからというものの注目は薄れるところを知らず、何をしていてもジロジロと見られる生活を送ってきた。
格好の囮役というわけだ。
「しかし先輩よ」
『なんだァ!』
「囮とはいえ──倒してしまっても構わんのだろう?」
『殴るぞァ!」
「オヒィwwwシャレにならんですたいwww」
〈オオタケマル〉から離れるようにハンドルを切って駅前へと向かう。
小隊戦開始から小一時間ほどが経過している。今回の戦闘区域は山手線内。その何処かにある拠点を制圧する事が第一目標だった。
戦闘区域が山手線内という事で拠点が挟撃される事を避けるために境界線付近に拠点を構えるのが定石。
という事で第06小隊ことディライトフルが拠点を置いたのは駒込、六義園の中。
それを他の小隊が知る事はない。が、それを調べるのが伝兵科の戦い。情報戦。
クラッキング、偵察兵から止め処なく流入する情報の統括。それらによって敵の拠点を割り出す。
現在判明しているのは二つ。王子の第02小隊スクエア、そして渋谷の第01小隊こと生徒会。残り一つの小隊の拠点が割れていないが、時間の問題だろう。
そして整理しておきたいのが勢力図。第06小隊は集団戦術に長け、継戦能力こそ随一ではあるが個々の戦闘力に於いては四隊の中でも最低クラス。
つまりは真っ向勝負に弱いのだ。しかし小隊戦の性質上どうやったって最終的には一対一のぶつかり合いは避けられない。
よって立案された勝利への道筋はこう。
まずは四つの小隊のうち最大の戦力を誇る生徒会を叩く。これについては椎葉が他の小隊と密約を交わし、生徒会が倒れるまでの同盟が結ばれている。
そうして生徒会が倒れた後に三つ巴の戦いになるが、この時には引き気味で戦い消耗した戦闘員を拠点まで補給に戻らせて万全の状態で漁夫の利を狙う。
「やっとりますなぁ、準備はよろしいですかグラム氏」
前方に見えた人だかりに高揚を覚える。
サイドカーで狐姿のツイナを抱えていたグラムが親指を立てて応える。
秘密裏に同盟を組んで三対一の構図とはいえ、それでやっと生徒会との戦力差が均等になるのだという。
そんな連中相手に真正面から勝負を仕掛けても良くて辛勝、満身創痍の状態で他小隊との乱戦はできたものでは無い。なので生徒会の拠点がある渋谷周辺に最大戦力を投入し、戦力を拠点から離させたところで香月八尋率いる隠密部隊が生徒会拠点を制圧する。
「暴れたったりますかァ!」
京太郎が路肩に寄せたかと思うと、おもむろにコンクリートに生えていた制限速度の標識をもぎ取る。
「キョ、キョータロー?」
標識を薙刀のように構えた京太郎は空いた片手でスロットルを捻り、バイクを加速させる。
「赤手空拳流高速戦闘術、《
京太郎の咆哮に合わせて、車体が炎を纏ってさらに加速する。時速はおよそ、百四十キロ。
「だーっはっはっ、拙僧が現代の輪入道じゃーい!!」
「キョータロー!?」
速すぎるバイクにグラムは身を屈めて飛ばされないように車体にしがみ付く。
さらに速度を上げながら集団に突っ込んでいくと、車体に撥ねられた生徒が短く呻きながら後方へ消えていく。
「だらっしゃあ!」
手に持った標識を横薙ぎに払うと一度に三人ほどがノックダウン。
速度の恩恵を受けた一撃は、どれだけ身構えていようと御構い無しに吹き飛ばす。
「〈オーク〉だ、〈オーク〉が出たぞ!」
誰が叫ぶとその場の全員から視線が集まるのを感じる。
「誰が便利な竿役じゃい!」
「違うよ、いや違くもないんだケド。キョータローの二つ名だよ。誰よりも迅き者、素早さの頂点に立つ者。転じて、駆ける王で〈
「そういうダブルミーニングなアダ名めちゃ好き、許す!」
周りを見ればどこも戦闘中、四面楚歌の激戦区へと突入できた。
「ここだァ────あ」
ここぞとばかりに有名な構図を真似ようとサイドブレーキで車体を滑らせる。
が、サイドカーがついていた事を忘れていた。
煙を上げ火花を散らし、アスファルトに黒い焦げ跡を残しながら横滑りすること二十メートル。
バイクとサイドカーを繋いでいた金具がバキリと音を立てて折れると、速度をそのままに搭乗していたグラムが射出されていった。
「グ、グラムダイーンッ!」
他人の心配をしている暇もなく、的が止まったとばかりに降り注ぐ銃弾の雨をバイクの陰に隠れてどうにか凌ぐ。
予想よりも体がはみ出ていたが被弾は無い。
「ちょいちょーい、生徒会打倒までは共同戦線のはずではー?」
「どうせは後で戦うんだから戦力は削げる時に削いどくもんだ!」
「それはそう」
車体の陰に潜み、どうしたものかと思案していると車体とは逆方向から接近してくる敵影を認める。
数は四。所属はおそらく生徒会。幸い射撃武器を有していないが接敵までは多く見積もっても数十秒。考えている暇はない。
「ええい、さらば愛車!」
バイクに左手を添えると車体の表面に焔が奔り、次第に熱を帯びて赤く変色していく。
「赤手空拳流砲術、《
腰を低く落として深く溜めた右手での正拳突きを車体に当てると、バイクは木っ端微塵になって放射線状に炎を纏った破片が散弾銃宛らに飛んでいく。
「うおっ!?」
運悪く頭に命中して柘榴を咲かせる者がいたり、運良く銃が壊れるだけに留めた者がいたり。
いずれにせよ効果は覿面、転身しても背中を撃たれる心配は無くなった。
「あとで元に戻るとはいえ自分で愛車を粉々にするのきちぃ!」
すかさず踵を返して構えると、武器を構えた四人組はすぐそこまで来ていた。
縦一直線に並んで接近してくる様は宛ら一人多いジェット・ストリーム・アタック。
一網打尽にできる大技を撃つには焔を練る時間がない。かといって《無窮轟砲》を撃つには役不足、一度きりの奥の手を使うに相応しくない。
万事休すか────もちろん否。
「あの固有魔術を使われる前に潰せ!」
テンカウント・フルカウルが固有魔術だと勘違いされているが、わざわざ訂正する義理もない。
今の状態であれば脅威ではないと踏んだ四人にやれやれとわざとらしい仕草で呆れてみせる。
「そうやってデブ=ザコ扱いしちゃってまあ。皆さんお忘れではないですかね、近接戦こと十数秒に於いては最強の存在を」
京太郎が股を割り中腰のまま両膝に手を乗せて片脚を上げて傾く。
上げた脚がそのまま元の位置に振り下ろされる。震脚。ドスンという低い音が十数メートル先の四人の耳にも届いた。
「──力士を」
瞬間、京太郎が両の拳を握りこんで腕を広げたかと思うと錐揉み回転しながら倒れ込む。
「バルバス・バウ!」
アスファルトに伏すかという直前、爆発するかのような音と共に百九十センチ二百四十キロの巨体が前方に射出される。
「んなっ……!」
縦列の先頭が驚愕の声を上げる。
この縦に並んだ布陣は一撃離脱と確実な単体撃破を目的としたもの。
先頭が大振りな横一文字に斬り抜け目標を防御姿勢に入らせて足を止めさせる。継いだ二人目が下からかち上げるように防御を破り姿勢を崩す。三人目が確実な致命傷を与え、四人目は後詰め。
基本的に標的にされた人間は防御姿勢を取る。
身体強化魔術によって陸上選手も斯くやの速度で走る一同からは逃げられないと瞬間的に理解するからだ。
魔術、あるいは銃器による迎撃を試みる者もいる。が四人目が常時展開している障壁に阻まれ先頭の体には届かない。
撃破率八割を誇るこの陣形を彼らは【ツジノカゼ】と命名し、自信と誇りを持っていた。
「ぐげ────!」
先頭の鼻頭に高速回転する京太郎の頭部が命中し、ぐちゃりと潰れた音を立てる。
重量────すなわち破壊力。
回転────すなわち破壊力。
速度────すなわち破壊力。
どれらも高水準である射出物を迎撃することは可能か。否である。
彼らに足りなかったのは大砲に迎撃されるという経験。それがあれば回避することが可能であった、かもしれない。
「……まあ、力士と拙僧になんの因果関係もありやせんが」
両の踵でアスファルトを削りながら減速する京太郎の後方に、跳ね飛ばされた四人の体が落下する。
ぴくりと生存反応を示す者は居なかった。
「やれやれだぜ」
嘆息をすると同時にカナル型インカムから通信が入った。
『都くん、目標ウィスキーを竹下通り東郷神社前で確認しました。急行してください』
「アイサー!」
◇◇◇
「都、ちょっといいか?」
「今は有象無象相手に
「エルフの定義についてのレスバしてるなら相手は俺だぞ」
「ブッコロシたらぁよ!!」
手袋の代わりに京太郎が椎葉に上着を叩きつける。
エルフとは、古くはゲルマン神話に起源を持つ民間伝承や北欧神話に登場する小神族、あるいは森の妖精である。
容姿は若いまま長命で弓の名手とされている。
もはやファンタジー作品における定番の登場人物となっているが、性質は原典をそのままにジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン著作『指輪物語』に登場するエルフの特徴を流用したものが主流となっている。
「エルフつったら華奢で貧乳! 閉鎖的で排他的! 太陽が西から昇ろうが北海道が浮上しようが揺るがねえ、水野良がそう教えてくれたでしょうが!」
……日本におけるエルフ像は水野良著作『ロードス島戦記』の登場人物であるディードリットの笹耳とまで呼ばれる極端に耳の長いエルフのイメージが強く根付いている。
いた、と過去形にすべきか、昨今では長い耳と森に住んでいる事以外はもっぱら形骸化している。
「そうやって古い固定観念に固執するからエルフというジャンルが衰退していくんだろう。巨乳くらい多様性の一つとして認めてもいいだろうが!」
最近のファンタジー作品では獣耳娘や龍人、モンスター娘など見境のない擬人化によってヒロイン、あるいはレギュラーとしてのエルフの出番はうんと減ってきた。
原因としてはエルフという古くから根付く造形に萌えを見出すよりも、本来人型ではない者を人間態に仕立て上げる事によって嗜好を凝らしたコンパチを作り上げる方が遥かに容易、それでいて広い客層を捉えることができるからと考えられる。
「黙らっしゃい! ンなものは邪道も邪道、炒飯で寿司を握るくらい邪道。それはもはや寿司じゃなくて寿司モドキ、エルフモドキなんですよォ!」
「かの巨匠ですら現実の宇宙で音は鳴らないが私の宇宙では鳴ると、己が内の世界では特別な理論があってもいいと言ったんだ。巨乳エルフくらいいてもいいだろ!」
「マイノリティであればその主張も容認したろうよ、しかし今となってはその意見はマジョリティ! そうである事が当然となって困るんだよ、音の鳴る宇宙が当たり前ではインターステラーも生まれなかったろう!」
「ノイジーマイノリティである貴様が言うかァ!」
「だからこそ! 大衆の認知によって言葉の意味さえ間違いが正当であると上書きされる古今だからこそ、たとえ一人になってでも正しい姿を叫び続けなきゃいけないんだろうが!」
「詭弁を弄すな腐れラードがあああ────ッ!!」
「そうだ結局は暴力でしか正義は決められないんだよクソナードォ────ッ!!」
部屋の隅で醜いオタクの取っ組み合いが始まった。
しかし日常茶飯事になったそれに周りは興味を示さない。
「わあ、なになにオタクトークかい?」
「ちょうどいい、海の向こうの意見も聞いてみようじゃねえかドグサレデブゥ……!」
「上等だ頭パンジャンドラムゥ……!」
エレベーターから降りてきて早々に興味を示したグラムが話に混ざる。
取っ組み合いは中断し、事の発端を話すとグラムは瞬きほどの逡巡を得て頑是ない笑顔で答えた。
「お尻が大きいといいんじゃないかな!」
「テメェんトコそればっかじゃねえか乳もケツもパツンパツンにしやがって!」
「程度ってモンを考えろ金玉にシリコン注入して殺すぞコラァ!」
結局は一人が殴り合いに加わる事になった。
一見すると騎兵科の椎葉一人が不利に見えるが、なにかと馬鹿騒ぎに巻き込まれやすい彼は一般的な不良には負けない程度の腕っぷしがあった。
「このわからず屋共が、エルフとは触れれば折れてしまいそうな儚さと悠久を生きるという強靭な神秘が魅力なのだと何故わからん!」
「エゴだよそれは! 人間と要素の似た人外だからこそ姿形はより自由を生み出せるファクターなんだ、その神秘があるからこそ年上の年下ロリ巨乳なんて倒錯的な願いも叶えられるんだろう!」
「それは僕でもジャドーってわかるぞシーバ!」
やんややんやと白熱する殴り合いにも、慣れてしまった周囲は関心を示さない。
「はぁ、脱隊しようかしら……」
一名を除いて。
「鴨脚ちゃんはどう思いまして?」
「死になさい」
「会話のバレーボールになっちゃっティ!」
振るべきでない話題を差し向けたのが悪いのだが、それを差し引いても今日の鴨脚は妙に機嫌が悪いように思えた。
「本日の鴨脚ちゃんは元気が無い様子、どうかしまして? 相談に乗りまっそよ?」
「貴方の所為に決まっているでしょう」
「決まってるんだ」
「朝な朝な、自室から出る時も学園に着いてからも貴方の顔を見なきゃいけない私の身にもおなりなさい」
「オハヨウ鴨脚ちゃん! 今日のログインボーナスはコレ!(裏声)」
「ぶったわ」
「痛ァい……脅迫を通り越して事後報告になったぁ……!」
伸ばした指先で叩いたり、窪ませた掌で打つ所謂ビンタは派手な音こそ鳴れど、それほどの痛みはない。
という事に気がついたのか、最近の鴨脚は中指一本拳でこめかみを突いてきたりブーツで膝にローキックをしてきたりと嫌悪のポーズではなく本気の暴力を振るうようになってきた。
体重三桁以上の人間にとって膝は心臓の次に生命活動に関わるからやめてほしいと懇願したところ、「だからこそやっている」と返答をいただいた。
「そもそも、朝まだきに窓の外からフンフン最悪な目覚ましの聴こえてくる身にもなってみなさい」
「毎朝の日課としてベランダにぶら下がって懸垂してまして、和洋折衷に掛け声を『HEY!』に変えた方がよろし?」
「死」
「いよいよコミュニケーションを一文字しかしてくれなくなっちゃっティ!」
眉間に突き出された日傘の先端を紙一重で避ける。
傘の先端に刃物を取り付けたり、発砲可能なように改造すれば鴨脚は歩兵としてもやっていけるのではないかと思う今日この頃。
「ア゛〜、こんな事しに来たンじゃねえっての」
鼻に詰めたティッシュに血を滲ませた椎葉が京太郎の肩を掴む。
「今回オメーにゃ覚えてもらわねえといけねえ事が多いんだ」
椎葉に渡されたタブレットを開くと、名前と所属の列挙された名簿が表示されていた。
そのうちの一つを開くと別のページへと移り、顔写真や主な戦術、判明している〈
「ここに名前がある連中は全員が歩兵に於ける要注意人物、そんでもってオマエとグラムに対処してもらいたい連中だ」
「ほーん、これまた多いんだぁ……」
「……もっとわかりやすく言やぁ、ウチの学園にゃ生徒投票の非公式な脅威度ランキングてのがあってな、その名簿ン中のは全員が上位層。ウン千人といるウチの学園の歩兵の中での選りすぐりってワケだ」
「……それはそれは」
顎を撫でながら聞いていた京太郎の手が口元を覆い隠す。
「悪ぅい顔してやんの。強いヤツと戦えるのがそんなに嬉しいモンかね?」
「はて、なんのことやらら」
とぼけた態度をとるものの、事実京太郎の口は下弦の孤月を描いている。
そんな、獰猛な笑顔を浮かべる京太郎を横から見ていた鴨脚はぶるりと、無意識のうちに身震いをしていた。
「……この人」
一人の生徒の詳細が書かれた画面を見て、椎葉は「ああ」と納得の声を上げる。
「オマエらみたいなのの間じゃ、やっぱり有名か?」
「そりゃモチのロン。そもこの学園に来るような人種なら皆知った名でしょうや」
「それもそうか」
悪鬼羅刹も三舎を避ける大剣豪。
名を、
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