第10話
「ねえw今どんな気持ちwww余裕ぶっこいてたら膝つかされたのどんな気持ちwwwwww?」
『っ〜〜!!』
スピーカーから漏れる苦悶の声。
どうせ効かないのだからと好き放題させた結果効いてしまった、それも投石と体当たりなんて原始的な方法だったのだから尚更。
「文字通りの試金石だったんでふが、なんかすいませんなあwwwwww」
こうなってしまえば京太郎のフィールド。とことん煽る。
それが冬薙が目を離してしまった八年間のうちに培われてしまった技術。対人に於いて相手を選ばない最も有効な戦術。
『…………それだけやって、たかだか膝を突かせただけで喜ぶなんて随分と楽観的な頭をしているのね』
「ホホッwそら喜びますとも。最初の一歩、取っ掛かりは大事ですからねぃ」
鴨脚の皮肉もなんのその、まだ本気を出していないとばかりに上着を脱ぎ捨てる。
「さて、準備は整った。俺もいよいよ全力だ……!」
大気を漂う粒子が放熱に巻き上げられる。
京太郎を覆うように景色が歪み、異常を悟った鴨脚は頭部の機関砲で掃射する。
『な、なに……!?』
鴨脚の機体の双眸から送られてきた映像では、突然に京太郎の姿が弾丸と共に消えたように見えた。
渦巻く熱は風を焦がし、昇る熱は雲をも退ける。
「テンカウント・フルカウル」
歪みが振り払われた。
ぶわり、熱風が通路を駆ける。
歪みの中心に居たのは、一人の少年。
身長は百七十センチほど、半袖からは引き締まった身体が覗いている。
先程その場にいた、巨漢の面影を残した
「呆けてないで構えろよ」
『っ!』
突然出てきたそれに、慌てた銃口が向く。
「────
まさに紫電一閃。
雷光が駆けたかと思うと、マヒトツが膝を突いた。
背後からの衝撃だった。いったいどういうことか、それを理解するよりも早く胸部に強い衝撃が叩きつけられて仰向けに倒れる。
ありえない。膝を突かせるまではありえた、しかし数トンにも及ぶベイヤードをひっくり返すだなんてたとえ魔術の恩恵があったとしても不可能だ。
時間にしておよそ二秒にも満たない。束の間の出来事。
理解不能という根源的な恐怖に鴨脚は奥歯を噛んで耐える。
『この……っ!』
当てずっぽうに頭部の機関砲を撒き散らすが当然のように当たりやしない。
それどころか頭部に衝撃が走り機関砲が片門を潰された。
相手の姿を捕捉することもできない。
生身のくせに、人間が科学の恩恵もなしに機械を上回るなんて非常識だ。
『馬鹿に、するな──ッ!』
脚部の
姿勢を
手応えは、ない。
『──ッ!』
紫電が駆ける。
急速に距離を取る機体に追い縋ろうと、通りを挟んだ建物を足場にジグザグと蛇行して
視認できない速度の移動など、魔術であっても普通ではない。
そうなれば可能性は一つ。
通常の魔術よりも複雑な現象。
衛士にのみ許された限定的な魔法の行使。
『《
DNAの塩基配列を文字列に変換し、さらに魔術式にへと変換することで確立された個人が持つ唯一無二の魔術。
塩基配列そのものが術式となっている詠唱要らず構築要らずで、あらゆる魔術よりも複雑な現象を引き起こせる衛士のみが持つ秘奥。
冬薙燕が兵士として頂点に君臨し続ける由縁。
(考える考える考える考えろ。どうやって倒す。バイクに乗って一撃離脱する奴は相手にした、ワイヤーみたいな物で立体機動する奴も相手にした。それこそ固有魔術で高速化した奴だって相手にした事がある。でも文字通りの目にも留まらぬ速さは想定外、この加速度は異常────そう、異常)
たしかに《
デメリット、と言えるほどではないが強い力はそれ相応に扱い難さというものが付き纏う。
(見識のある範疇の加速系魔術はあそこまで速くはないけれど、魔力を消費するだけでこれといった代償も制約もなかった。ならアイツはあのスピードと引き換えに何を?)
つまり残るは、
『たった数秒凌ぐくらい────!』
「ッ────」
空の弾倉を棄て去り、再装填すると小銃、頭部の機関砲片門に加え脚部の二連ミサイルポッドをも惜しまず構える
重装甲の多い第五世代機のベイヤードを想定された火力が生身の人間ただ一人を沈めるために
爆風に煽られてマヒトツが轟音と共にビルへ突っ込む。
『くぅ……っ!』
乱れた映像がやがて治まり、倒壊したビルが横たわる大通りを映す。
(十秒経った、けどこれでやれたと思うのは油断、同じ轍を踏んでたまるもんですか!)
鴨脚が乱暴に操作盤を叩くと、駆動音をさせながらマヒトツの頭部のレンズが切り替わる。
鬼の赤い目からは煙に巻く程度では逃れられない。
右手に持った機銃で
吐き出された三十ミリの鉛玉が次々と街並みを虫喰いにしていく砲煙弾雨。
この世界だから許される蛮行、現実世界では行えない手法。
だからこそ、その効果は絶大だ。
寄る辺が無くなるということは、奇襲がしにくくなるということだ。
人間の持てる携行兵器、あるいは出せる火力を真っ向から戦術兵器に直撃させたところで効果は期待できたものではない。
よって比較的装甲の薄い部分を狙うのが定石となり、それを可能とするのは隠密行動による奇襲くらいしか手立てはない。
それを抜いても建造物の破壊というのは転じて攻撃にもなる。
たとえ弾丸が直撃せずとも、人間にとって拳大以上の瓦礫とは死に直結する脅威となるのだから。
注意深く辺りを見回しているとやがて、瓦礫の影を縫って移動する熱源を捉える。
『見えてるわよ!』
投げつけた空の弾倉が熱源へ命中する。
「幻覚だな、それは」
『なっ!』
脚部の衝撃にマヒトツが、さらにビルを削りながら倒れる。
泡を食いつつカメラで索敵をするが京太郎の姿はない。
ひとまず場所を移すために機体を起こそうとするが、上手く立ち上がれずに再び倒れてしまう。
『なんでよ!?』
脚部に目立った損傷はない。推進器も正常に動作する。
各部の可動状態をモニターに映し出す。
五体満足で通電に異常はなく回路も生きていて信号を返している。
なら一体どこが、と末端から順に機能を確かめていく。
(右脚部が信号を受け取ってはいるけど動作しない…………まさかさっきの一撃でアクチュエータを的確に……!?)
一旦機銃を手放し、ビルを伝いに立ち上がる。
動かない右脚を突っ張り棒に直立。幸い推進器の使用には問題ないので移動は可能だった。
ち、と舌打ちした鴨脚が空になった
(いっそビルごと薙ぎ払う? これだけの面積と質量なら崩落に巻き込まれて助かる見込みはない。あのとてつもないスピードも出せないのなら落下地点から逃げることもできないはず……)
オフィス街ということもあって辺りは天を衝かんと高く高くビルが伸びる。
それらを撃ち払えば上空からの索敵も可能になる。
しかし、と
(万が一にもそれで死ななかったら、不利になるのはこっち。瓦礫まみれのフィールドなんて、奇襲しやすいだけ。傍目から見て戦力的に有利なアタシが逃げの一手を打つのも許されない)
操作盤を殴りつけた鴨脚は静かに歯噛みする。
今現在、自身が冷静さを欠いている自覚がある。
激情に駆られても頭だけは冷静に。それは物心ついた時から鴨脚が常に意識している教訓。
だからそれを乱すあの男に憤慨し、それ以上に破った自分へ激怒している。
「余裕がないか?」
いつの間にか瓦礫の山に腰をかけていた京太郎。
余裕を見せたその態度が、鴨脚の神経を逆撫でする。
素早く照準を定めて
「それでは俺を捉えられんよ」
煙が晴れる前に逆手のビルの窓に腰をかけて腕を組む姿がある。
────
もしその素早さが先ほども使用した固有魔術によるものならば、次はきっと凌げない。そして向こうも勝負を付けに来るだろう。
────と、モニターに注視すると煙の中には未だに熱源が────それどころか、いたる場所に人型の熱源がある。
ちらりほらり、同じ顔同じ背丈同じ服装の男が顔を見せ、そのどれもが嘲るように金の瞳で薄く嗤う。
『こンのおォ!!』
ヤケクソにヤケクソを重ね一斉射。
ガラスの割れる音と、火薬の爆ぜる音とが混ざり合い、聴覚は音の判別を諦める。
自らの咆哮すら、雑音に。
モニターには弾切れを告げる『ENPTY』の赤い文字が点滅する。
それでも熱源は健在で、顔を見せ嘲笑する。
蜘蛛の子が如く散らばるいくつもの反応。
吐き出した分、冷静さが鴨脚の頭に戻ってくる。
『…………認めましょう。ここまで苦戦したのはアタシの落ち度。相手になるわけないと侮った自分が悪い。だから、次で終わらせる。たかが歩兵一人に、なんて勿体振らず最高火力で殺すわ』
マヒトツの脚部、背部の推進機関を全て開放して上昇。
一際大きな高層ビルの最上階に腕を突き刺して掴まる。
下界を見下ろせば、街と駅の全体を一望できる高さ。
鴨脚は操作鍵を叩いてマヒトツの持つ最高火力の武装に切り替える。
通常込められるジルコニウム粉の代わりに特殊な製造法で生成された物質化した魔力の粉末を携えた物で、小型であるがその威力は凄まじく、戦艦に撃って然るべしの代物。
到底、人間相手、それも個人に対して使う火力ではない。
(それでも────撃つ!)
自動照準から手動に切り替え、モニターに着弾点ピンを刺していく。
ガシャン、とマヒトツの肩部と脚部の装甲が開いてミサイルポッドが姿を現わす。
その時、同じ顔をした集団の中から一人が前に歩み出てくる。
『フン、今更出てきたって────ッ!?』
鴨脚のトリガーを引く指が止まる。
その一人が指で作った銃を向けていた。
「
ビルの最上階へ楔にと突っ込んだマヒトツの腕を伝って足音が響く。
カツン、カツン。足音が
「最初に相対した時に、なぜ俺が転身し隠れる場の多い駅構内に逃げなかったのか、なぜ脚部の推進器を壊さなかったのか、考えなかったか?」
鴨脚を見下ろす金の瞳。
その忌々しい顔に、下唇を噛む。
「そう、ずっと
戦国を生きた赤手空拳四代目党首が
斬れども刺せども実態は炎。消える事のない陽炎は追い打ちに放たれた矢を誘引するのに大変重宝したという。
「単に場数の差、経験の差だ。気に病む事でもあるまいよ」
よくやった、上から目線で告げる男に、血の滲む唇で少女は言葉を突きつける。
「いつか、なんて悠長な事は言わない。今学期中。夏までに、アンタは絶対殺すわ」
「そうか、それは楽しみだ。その潔さならば、さぞ強くなれる事だろうよ」
呵々かかと笑う京太郎の身体からじわりじわりと炎が漏れ出す。
「っ……アンタ一体なんなのよ!」
「ああ、面と向かっては名乗っていなかったっけか。ならば、嗚呼ならば、今ここに名乗り上げよう。
────遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ! 姓を
瞬間、京太郎の身体が炎に包まれ、爆発する。
マヒトツの所持していた弾薬に誘爆し、宣言通りにビル群を吹き飛ばすほどの灼熱と耳を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます