第10話 貞幸参陣

 「殿は不思議なお方ですな。」

 

 「な、何がだ・・・。」


 秀綱の急な一言に経久は戸惑った。

自分が不思議な人間であるという自覚は全くない。


 「殿は久幸殿を助け出されるときに計算された謀をお使いになられた。

ですがその時の殿の表情は清らかで謀っているようには見えないのです。」


 経久は何と返したらよいかわからずに黙り込んでしまったが、

秀綱はこう締めくくった。


 「それが殿の魅力の一つなのかもしれません。」


 「何だ、急におだてて・・・。」


 「本当のことを述べただけです。」


 こう言って秀綱は笑う。

都にいる間も苦楽を共にしてきた秀綱だからこそ

わかるものがあるのかもしれない。



 「殿、ご来客が。」


 こう言って出てきたのは尼子家家臣の朝山利綱あさやまとしつなである。


 「何と名乗っている。」


 「はは、黒田貞幸と名乗っております。」


 「おお、そうか!」


 経久は満面の笑みを浮かべる。

貞幸とは約束こそしたものの実際に来るとは思ってもみなかった。


 「おお、貞幸ではないか!本当に来てくれたのだな!」


 「はは、殿が尼子家を継いだと聞き及び、馳せ参じた次第。」


 貞幸はあまり感情を表に出さないタイプだが、あの約束の時は

涙を浮かべるなど短時間で経久の魅力を感じ取った一人である。


 「これからは尼子家のために尽くしていく所存です。」


 この日も平静に述べる貞幸だが、実のところ出雲に来るまでに

大変な苦労があった。


 「何、貞幸の父親がそんなことを・・・。」


 「はい。我が父、黒田治宗が出雲の領主は段銭制度を踏みにじる悪党だから

絶対に行ってはならぬと・・・。」


 (思った以上に国外での反発が強いようだな・・・。)


 自らの政策を反省する経久だが、こんな疑問がわく。


 「貞幸、父親の引き留めを断って馳せ参じてくれたのか。」


 この質問に貞幸は目に涙を浮かべながらこう述べる。


 「はい・・・。どうしても出雲に行くと言うのなら斬るとまで言われまして、

仕方なく父を軽く斬りつけて参りました・・・。」


 「なんと・・・。」


 経久はそこまでしなくても、と思ったが、その一方で貞幸の性格も知っている。

貞幸は一度決めたことは絶対に曲げない性格なのだ。


 「そこまでしてくれたのか・・・。」


 「何のこれしき、大したことではございません・・・。」


 そう述べる貞幸だが、経久は首を横に振るとこう言った。


 「貞幸の大変な苦労、よくわかった。これからは存分に働いてほしい。」


 「ははー!!」


 尼子家に加わった黒田貞幸は後に山中貞幸と名乗ることになり、

かの有名な山中鹿介の祖父にあたる人物なのである。

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