第3話 貞幸の勇姿
「若殿、遠くの方から喊声が聞こえます。」
「何、それはまことか?」
「はい。戦闘が起きていると思われます。」
「よし、見物にでも行くか。」
戦闘の光景に興味を持った経久は貞幸に劣らぬ速さで
屋敷から飛び出していった。
「ま、待ってください若殿!」
秀綱も後を追うように駆けていく。
経久は人質ではあるが、近場への外出は認められているのだ。
(どのような戦闘になっているのか見てみたい。)
経久は暑さも忘れて突き進んだ。
その頭の中には壮大な戦闘シーンが思い浮かんでいる。
(あの高台がいい。)
経久は速度を落とすことなく小高い丘に登った。
「若殿、若殿!」
息を上げて追いついた秀綱と経久の前には
息をのむ光景が広がっているはずだったのだが・・・
「な、なんだこれは・・・。」
経久は落胆した。
それもそのはず、目の前にいるのは西側の大軍と
黒田貞幸ら少人数の東軍であったからだ。
(これではすぐに潰されて終わりではないか・・・。)
経久と秀綱は共に肩を落として屋敷に帰ろうとしたが、
ひときわ大きな喊声が聞こえたので思わず振り返った。
「な、なんと!?」
「どうされました、若殿。」
「あの少ない東軍が西軍を圧倒している・・・。」
「え・・・?」
経久は天と地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。
東軍・・・、いや、特にその中の大男が一人で西軍の兵士を
次々となぎ倒しているのだ。
経久は感動を通り越して憧れた。
これほど強くてかっこいい武士は見たことがないからだ。
(一度でいいから会ってみたい・・・!)
こう思う経久の憧れの視線をよそに、貞幸は無数の西軍をなぎ倒していき
心が晴れたのかどっしりと引き上げていった。
「行くぞ、秀綱。」
「ええっ、どこに!?」
「東軍の本陣に決まっておろう。」
「な、何のために・・・!?」
驚く秀綱に経久は平然とこう言った。
「あの大男に会いに行く。それ以外に何がある。」
言い終わって間もなく駆けだす経久に秀綱もまた、憧れた。
(こんな行動力がある者が他にいるだろうか・・・。)
秀綱は経久の後を追えることを実は幸せに感じているのだ。
こうして二人は東軍本陣へと駆けて行った。
「経久、何をしておる。」
二人が東軍本陣に着くと、主君の京極政経が現れた。
「政経様、ここにおられましたか。」
「経久、お主は人質じゃぞ。外出するのは構わぬが、
ここまで来るのは許しておらぬ。」
「政経様、お願いがあります。」
「これっ、聞いているのかっ!?」
屋敷に帰ることを促す政経の言葉を気にも留めず、経久は大声で叫んだ。
「戦場で大活躍をしたあの人に会いたいのです!」
「さっさと戻りなさい!」
「会うまでは帰れません!」
経久の熱意に折れた政経は貞幸の父、黒田治宗に話を通し
本陣横の誰もいない草むらで会うことに成功した。
「これほど強い武士に会えて、まことに嬉しく存じます!」
経久はとにかく喜んだ。
貞幸は見たこともないような大男であったが、
表情は非常に温厚であり、先ほどまで鬼のように戦っていたとは思えない。
「こちらこそ、あなたのような人に会えて嬉しく思います。」
「え・・・。」
経久は驚きを隠せなかった。
返ってきた言葉がとても意外だったからである。
「あの人は怖いと言われて避けられることはありましたが、
わざわざ会いに来る人は見たことがありません。」
こう言って貞幸は目に涙を浮かべた。
「出雲の尼子家の嫡男様と聞き及びましたが。」
「はい。名乗るのが遅れて申し訳ありません。」
「出雲守護代尼子清定の嫡男、尼子経久と申します。」
「将来、あなたに仕えたい・・・。」
「え、ええっ。ど、どういうことですか・・・。」
突然の貞幸の申し出を経久は理解できずにいたが、
貞幸は構わず続けた。
「いつか経久殿が尼子家の当主になられたとの一報を聞きましたら、
出雲に駆けつけてもよろしいでしょうか。」
「分かりました・・・。」
思わずこう言ってしまった経久だが、当然全く分かっていなかった。
「では、よろしくお願いします。」
こう言って貞幸は本陣に戻っていった。
本陣横の草むらで二人が交わした約束。
その内容を聞いた者は他に誰もいないであろう、秘密の約束なのである。
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