第13話 鉄の運び屋

「そういえばこの出雲国では鉄が採れるようだな。」


ある日の評議の場で経久が思い出したように放った

この一言から事態が動き出す。


 「はい。出雲国内では砂鉄がよく採れるもので、

それをたたら製鉄という技術で鉄にしております。」


 そう答えたのは湯泰重の跡を継いだ湯泰敏ゆやすとしである。


 「それでその鉄はどこに輸出しているのだ?」


 「輸出・・・というよりも国内で消費しております。」


 「沢山採れると聞いたが国内での消費でなくなってしまうのか!?」


 これは経久の率直な疑問である。

鉄は日本中で高く売れるし、朝鮮半島に売り出すこともできる

貴重な資源なのだ。


 「いえ、そういうわけではありませんが・・・。」


 「では、なぜ交易をしないのだ。」


 語気を強める経久だが、泰敏の言葉で静まり返る。


 「それが・・・、かつては行っていたのですが、実際に交易船を取り仕切る

海賊衆の中井家清なかいいえきよ殿を怒らせてしまいまして・・・。」


 「・・・。」


 経久も一度は聞いたことがある名前・・・中井家清とは何者であろうか。


 家清は泰敏が述べた通り交易船を取り仕切る海賊衆の頭だ。

出雲から各地に鉄を売るには家清の力が欠かせない。

 しかし、その家清を誰かが怒らせてしまったせいで力を借りれなくなり、

交易がストップしているという。


 「誰が怒らせてしまったのだ。」


 「・・・。」


 これに泰敏は黙り込んでしまった。

まさかそれが殿だとは言えずに・・・。


 「まさか殿ではないのでしょうね。」


 この言葉に周囲がざわめく。

空気を読まずにこう発言したのは秀綱だ。


 「秀綱殿、失礼であるぞ!」


 宇山久秀が秀綱に注意したが、秀綱はよほど確信があるようで、


 「殿は美保関の段銭を止められた。そうなれば尼子憎しという風評被害で

出雲と交易する者が減るでしょう。それで家清殿は尼子家との

対決姿勢を見せて交易を続けるためにわざと怒ったのではないでしょうか。」


 「秀綱殿、本当のことを言ってはいかん!」


 朝山利綱のこの発言でその場が白けた。

利綱の方だって口を滑らせているではないか、と。


 「あ・・・。」


 これに気づいた利綱はうずくまってしまったが、

経久もまた、そうしたいぐらいの気持ちだった。


 (そうか、そこにまで影響が及んでいるのか・・・。)


 しかし、もう後戻りはできない。

出雲国外は尼子憎しで固まってしまっているのだ。


 (国外の勢力に挑むためにも、交易を拡大して経済を豊かにせねば・・・!)


 こう思った経久はすぐに立ち上がると、


 「行ってくる!」


 「ええっ、どこにですか!?」


 「家清殿の屋敷に決まっておろう。謝りに行くのだ。」


 こうして経久は月山富田城を飛び出した。

経久の行動力は健在である。


 

 「ここだな。」


 経久一行は美保関の近くにある中井家清の屋敷に到着した。

一つ深呼吸をしてから経久は屋敷内に呼びかける。


 「月山富田城城主、尼子経久であるが家清殿はおられるか。」


 すると、屋敷内から人の動く物音がした。

どうやら家清に確認を取っているらしい。


 しばらくして屋敷の門が開き、中井家の家臣に案内されながら屋敷に入った。


 「これはこれは経久殿。今回はどのようなご用件で。」


 大広間に案内されると、目の前には髭を蓄えた大男がいる。

中井家清に他ならない。


 「私のこれまでの過ちに気づき、謝りに来た次第です。」


 「・・・では、美保関の段銭は再び納めるということでよろしいのかな?」


 (うっ、家清め、偉そうに振る舞いよって・・・!)


 心の中でこう思う経久だが、決して怒ることはしない。

何とか鉄の交易再開をお願いするにはこれくらいのことが必要なのだ。


 「それは難しく存じますが・・・。」


 これに家清の眉がピクリと動く。


 「経久殿が何も変えることなく、このわしだけに

交易を再開するように言うとは・・・、少々考えが甘いのでは?」


 (む、むかつく・・・!!)


 経久は家清に足元を見られていいようにされている。

このままではいけないと思った経久は必殺技を繰り出した。


 「当然、何もしないというわけではありません。

段銭については事情があって変えられませんが、

それ以外ならできる範囲で尽力します。」


 「ほう。」


 これに家清はニヤリと笑う。

だが、経久は何を要求してくるかを読めていた。

それは鉄の交易に必要な労力を補うために銭をよこせと・・・


 「では、段銭納税拒否分の2倍の銭をいただこうではないか。

なにせ交易には支出がかかるものでな。」


 これには経久に付き従う重臣たちも震え上がった。

これまで幕府に納めてきた段銭の2年分を毎年払えというのだ。

 これでは交易をしても利益がほとんどなくなってしまう。


 だが、経久はというと全く動揺していない。

むしろ思った通りだった。


 (段銭の2年分ぐらいなら織り込み済みだ・・・。)


 ここでついに経久が動く。


 「わかりました。そのように取り計らいましょう。」


 経久の返答に隣にいる重臣たちは青ざめた。


 「と、殿!いったいいくらになるのかわかっておられますか!?」


 「そんなに払ったら利益がなくなってしまいますぞ!」


 「フハハ・・・、今からでも断ることはできる、のう経久殿。」


 不敵な笑みを見せる家清だが、経久は動じない。


 「いいえ、一度決めたことですので約束通りお支払いします。

ですので、鉄の交易をよろしくお願いします。」


 「・・・え?」


 家清の表情が少し曇る。

この要求を呑むのは全くの想定外だったらしい。


 「では、失礼します。」


 経久は月山富田城に戻ったが、休む間もなく銭の支払いに向けて

準備を進めた。


 (経久の奴、この要求を呑んだか。まぁ金銭面では嬉しいことだが・・・。)


 家清には罪悪感だけが残る。

悪人の家清に対して経久の対応はとてもきれいであり、

自分の悪人さが際立ってしまったのだ。


 (どうするべきか・・・。)


 この後、事態は経久の思う通りに進んでいくのである。

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