第14話 久幸の役割

 「今年は随分と雪が降るな。」


時は文明13年(1481年)12月。

雪が降るのは山陰地方では毎年のことだが、この年は特に大雪だった。


 「あ、兄上!?」


 「どうした久幸、そんなに驚いて。」


 「そんなに薄着で大丈夫なのですか!?」


 久幸が驚くのも無理はない。

なぜなら経久の服装は小袖一枚だからだ。


 「・・・正直、凍えるように寒い。」


 「では、上着を着ればいいのに・・・。」


 こう言いかけた久幸だが、この前目撃した光景を思い出す。


 「まさか・・・。」


 「そう、そのまさかだ。」


 「上着を全て家臣に与えてしまった・・・。」


 「その通り。」


 「・・・・・・。」


 久幸は驚きを通り越して呆れた。

前々から家臣たちに自分の上着を与えているのは知っていたが、

まさか全ての上着を与えてしまったとは思いもしなかったのだ。


 「兄上、なぜにそこまで・・・。」


 「自分の身を削ってでも家臣を大切にする。

私はそう決めたから、その意思表示だ。」


 「・・・・・・。」


 久幸はなるほど、と言いたかったがやはり理解ができない。

なぜならこのような当主は聞いたこともないからだ。


 「理解はし難いと思うが・・・理解しておけ。」


 「はぁ。」


 久幸は当然、理解できていないが、家臣の目線になって考えてみた。

殿に上着を与えてもらったらどんなに嬉しいことか。


 (やはり兄上には敵わないな。)


 こう思う久幸だが、さすがに小袖一枚ではかわいそうである。

そこで亀井秀綱を呼ぶと、秀綱も同じことを思っていたようで、


 (他の家臣たちにもなるべく断るようにしてもらおう。)


 こう考えはしたものの、当主のご厚意を家臣が断れるわけがない。


 そこで宇山久秀や佐世幸勝、朝山利綱など上着を受け取った家臣たちに

意見を聞くとある共通点が発覚したのだ。


 (なるほど、兄上の所有物を褒めると受け取ることになるのか・・・。)


 そう、経久は若いながらも骨董品などを集めており、

それを褒めるともれなく上着が付いてくる。


 (ということは褒めなければいいのだ。)


 解決策を見つけた久幸は全ての重臣にその旨を伝え、

もし評価を聞かれたらうまく言い回しで避けるようにした。


 そんなある日のこと、例によって経久に呼ばれた湯泰敏が

重要な話をしたのちにこう聞かれた。


 「この花瓶、泰敏はどう思う。」


 「え、えーと・・・、花をめでるには悪くないかと・・・。」


 「そうか、それは良かった。」


 こう言った経久だが、以前に比べて何か嬉しさが足りず、

新しく用意した上着を与えることはなかった。


 これ以降、家臣たちはそれぞれ言い回しを考え、

上着を受け取ることはなくなったのである。


 (久幸がやったのだな・・・。)


 上着を与えることがなくなった経久は意外と上機嫌だった。

実のところ、これは経久が家臣の忠誠度を確かめるための試験だったのである。

 わざと上着を与えて自分は小袖一枚になることで、

もし何も動きがなかったら少し危ないし、逆に受け取らないように

工夫してくれたら合格と考えていたのだ。


 (やはり尼子家家臣団は結束が強い。)


 こう再認識した経久だが、この裏に久幸が関わっているのも知っており、

久幸なくして尼子家は持たないとも思った。


 久幸の暗躍。

これをなくして尼子家の飛躍はないのである。

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