第12話 泰重隠棲

 経久は物凄い罪悪感に見舞われている。


(私はなんて馬鹿なのだ・・・。)


 経久がこう思うようになったのは今回の結婚を千代の視点で見たときである。


 (千代としては両親のいる吉川家との関係を引き裂かれた上で、

実家に密書を送っていたという悪人扱い・・・。)


 これで千代が幸せであるわけがない。


 経久はすぐに千代のもとを訪れて深く謝ったのだが、

千代から返ってきたのは意外な言葉だった。


 「大丈夫ですから、お気になさらないでください。」


 この言葉で千代に我慢をさせていると思い、

さらなる罪悪感に見舞われる経久だが、それを察した千代が一言。


 「私は父上にお願いして殿と婚約したのです。」


 「何・・・。」


 驚く経久を他所に千代は言う。

元々、私は安芸国の小豪族である毛利弘元に嫁ぐはずだったのだと。


 「その縁談を断ったということか・・・。」


 「はい。弘元殿はとても小さな豪族な上、かなり変なお方でして・・・。」


 「変なとは・・・。」


 経久の質問に千代は一呼吸おいて話し出す。


 「とにかくお酒が大好きで我を忘れて飲んだくれるだけならまだしも、

女が大好きで酒が回るとお構いなしに手を出してきます。」

 「またその姿が気持ち悪くて・・・。」


 千代は目に涙を浮かべた。

どうも実際に経験したらしい。


 「それで縁談を断ったのだな・・・。」


 「はい。父上は縁談を断ったことで大変悩んでおられましたが、

そこに殿との縁談の話が転がり込んできたのです。」


 「なるほど・・・。」


 「私はどんなにいいことがあろうと弘元殿と一緒になるのが嫌でした。

それに比べれば今回のことは可愛いものです。」


 こうして経久と千代が話し込んでいると、

扉を叩く音がして誰かが呼んでいるようだった。


 「おお、秀綱。どうしたのだ。」


 「大変です。泰重殿の姿が見えないのです。」


 「何・・・?」


 経久の脳裏には一瞬、謀反の二文字が浮かんだが、

泰重に限ってそのようなことはないとかき消す。


 「な、何か置手紙とかないのか。」


 「それが全く見当たらないので、どこに行ったものかと・・・。」


 秀綱と情報を交換しながら本丸に上がると、そこには泰重の姿があった。


 「や、泰重・・・。」


 「殿・・・。」


 「心配していたぞ、どこに行っていたのだ。」


 「はは、実は隠棲いたしたく存じまして山奥にちょうどいい屋敷を

探していた次第・・・。」


 「何、今なんと申した・・・。」


 信じられないという顔をする経久の目を見ながら泰重はこう述べる。


 「私はこれまで尼子家のために力を尽くしてまいりました。

ですが殿も成長をし、役目は終わったかと。」


 「ま、待て泰重。そなたの力はまだ欠かせない。

もう少し役目を果たしてはくれぬか。」


 これに泰重は少し目をつむった後、こう答えた。


 「殿。申し訳ありませんが私は少々疲れました。

休ませていただきたく存じます。」


 これが泰重の本音だった。

本丸を去る泰重の姿を見て経久は後悔する。


 (もう少し考えて行動するべきであった・・・!)


 経久は後悔することばかりである。

だが、泰重は城を出る際に門前に置手紙を残していった。


 “殿には常に前を向いていただきたい。

私の願いはそれだけです。”


 という内容である。


 経久は後悔をせずに常に前を向くための勇気をもらったのであった。

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