第19話 大内の狙い

 「千代、こんな身分になってしまって・・・すまない。」


 「何を言うのですか、殿の命が助かっただけで嬉しゅうございます。」


 「千代・・・。」


 経久の正室、千代はとても強い女性だ。

何があっても経久に尽くすという覚悟を感じる。


 (しかしな、あの命はないとまで言ってきた大内が私を助けるとは・・・。)


 経久はこう思いながら白鹿城に移ったわけだが、

今思えば大内政弘の狙いはこれしか考えられない。


 尼子家の懐柔である。


 大内家と出雲守護の京極家は応仁の乱でも争った相手であり、

大内勢は特に尼子勢に苦しめられた経験を持つ。

 そこで尼子家を家臣団もろとも残した上で、味方に引き入れられれば

大内家にとってこんなに嬉しいことはないのだ。


 (大内め、この私がいつまでもひれ伏しているなどと思うなよ・・・。)



 「大内め!!この私を馬鹿にしよって!!」


 ここには大内政弘に怒りをぶつける者がいる。


 ・・・京極政経に他ならない。


 政経は大内家が勝手に出雲国内の領地を尼子家に与え、

その承認を迫ってきたことに激怒していた。


 政経は経久に対する怒りなど忘れ、出雲守護であるこの私を舐めているのか

という風に思い、至って不機嫌である。


 「政経様。」


 「なんじゃ、この私の怒りを静めようとしても無駄じゃぞ!」


 京極家重臣の塩冶掃部介が落ち着かせようとしたが、

もはや政経は制御不能に陥っていた。


 「政弘殿に会ってくる!!」


 こう言って都の京極屋敷を飛び出した政経だが、政弘がいるのは周防の山口。

一人で飛び出して行けるようなところではないのだ。


 「周防国とは遠いのじゃな・・・。」


 頑張って摂津国まで行った政経だが、道中で残りの道のりを聞いて

あの時の勢いを失い、結局屋敷に戻ってきた。


 しかし、政経の怒りは収まらず。

かといって大内には対抗できず・・・。


 政経は悩んだ末、京極家から尼子家を領主として認める旨の書状を

経久に送ることにした。


 後追いの書状ではあるが、政経が関わることで少し怒りが収まり、

政経は冷静に戻ったのである。



 「殿、政経様から領主として認める旨の書状が届いております。」


 経久のもとに政経の書状が届いたのは尼子家降伏から1か月以上経った

文明16年(1484年)4月のことである。


 「秀綱。」


 「はい、なんでしょうか。」


 「そなたには本当に感謝している。多くの重臣が京極家直属の

領主になった中で、秀綱は領地が減ったのにも関わらず残ってくれた。」


 「確かに佐世幸勝殿や宇山久秀殿、そして朝山利綱殿などは

所領を守りたいがために京極家に移ってしまいましたね。」


 そう、尼子家は多くの重臣に見放されてしまったのだ。

そんな中で尼子家に残ったのは亀井秀綱と湯泰敏ぐらいである。


 だが、経久は全くめげていない。

自分がまた強くなれば戻ってくると確信しているのだ。

むしろ努力の根源にしているといっても過言ではないのである。


 「すっかり忘れていたが、その書状を見せてくれ。」


 こう秀綱に声をかけると、なんと秀綱は泣いていた。


 「ど、どうしたのだ秀綱・・・。」


 「殿に仕えられて私は幸せです。」


 「そうか・・・、それは良かった・・・。」


 こう返す経久だが、ふと秀綱の持っている書状を見ると

垂れてきた涙でびしょ濡れになっているではないか。


 「秀綱・・・、その書状・・・。」


 「え・・・、あ、ああっ!!」


 秀綱が気づいたころには濡れすぎて文字が読めなくなっていた。


 「も、申し訳ありません!!」


 深々と頭を下げる秀綱だが、経久は政経の書状なんかどうでもよかったのだ。


 「別に大したことではない。」


 秀綱とのやり取りは経久にとって至福のひと時なのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る