第9話 出雲の情勢

 「兄上、そういえばどうやってこの私を助け出したのですか。」


久幸の質問に対する返答に経久は窮した。

まさか久幸が斬られてしまうかもしれない方法で助けたなど言えないのだ。


 「まぁ・・・、そういうことだ。」


 「何の説明にもなっておりません。」


 この後も久幸の質問攻めに苦しむ経久だが、

この文明10年(1478年)、家督相続時の日本の状況と

経久が治める出雲国(今の島根県東部)について話しておきたい。


 戦国時代と言えば、信長・秀吉・家康の

三英傑を思い浮かべる人が多いであろう。

 当然、それらの武将は戦国終盤にかけての武将なので、

ドラマなども秩序がなくて下剋上を善しとする時代背景が多い思う。


 しかし、今はそれらの100年ほど前である。

つまり、時代背景が全く違うのだ。


 このころは秩序、すなわち行動の善し悪しに対する意識が残っており、

幕府や守護に逆らうのは悪である、という見方が大多数だった。


 つまり、経久の人質救出作戦は守護に逆らう、悪の道にあたる。


 次に出雲国についてである。


 国の西部にかの有名な出雲大社が鎮座する出雲国。

昔から独立色の強いこの国は出雲大社が心の拠り所になっている。

 経久が当主を務める尼子家は元々近江国(今の滋賀県)の出であり、

出雲にやってきてまだ4代と日が浅く古くから土着する豪族からは依然として

他国者扱いであった。

 だが、それも無理はない。

尼子家の先祖、尼子高久あまごたかひさは京極家が出雲を領していた縁で

出雲に下向してきたからだ。


 ちなみに出雲の土着勢力として挙げられるのは三沢氏、三刀屋みとや氏、赤穴あかな

などである。

 また、この尼子家が本拠とする月山富田城は出雲国の東部に位置しており、

同西部に根を張る三刀屋氏、赤穴氏を屈服させるのは時間がかかると思われた。

 尼子家の現状はというと同じく東部の三沢為忠でさえ

抑えられていないのだ。


 経久はこれらの勢力を従えるには出雲国の特徴を生かすしかないと考えた。

そこで経久はあることを思いつく。


 「泰重はおるか。」


 「はい、ここに。」


 経久は重臣の湯泰重を呼び、美保関の段銭について聞いた。

段銭とは幕府に払う税金のことであり、ここでは美保関みほのせきという港の収益に

かかる税金のことを言う。


 「段銭はしっかりと幕府に収めておりますが、それがどうしました。」


 「では、その幕府への支払いを止めよ。」


 「は・・・。」


 泰重は理解に苦しんでいた。

税金をわざと滞納する守護代など聞いたこともないからである。


 「なぜ、支払いを止めるのでしょうか・・・。」


 困惑する泰重に経久はこう説明した。


 「この出雲国は元々中央に対して反発的だ。だから、それを考慮したうえで

支払いを止める。そうすれば中央に反発する我が尼子家に従う家も出てくる。」


 堂々と理由を述べた経久だが、泰重は猛反発する。


 「そのようなことをしては、幕府や他国の勢力に睨まれますぞ!」


 「大丈夫だ。少々睨まれても幕府の力は弱いし、なにより出雲国内が固まる。」


 「他国の勢力をなめてはいけません。同じように段銭を収めている勢力からは

怒りの目で見られるでしょう。」


 経久を諫めようとした泰重だが、経久は聞き入れなかった。


 「亡き父上はこの私に自由にやれと申されたのだ。自由にやって何が悪い。」


 「う・・・。」


 結局、経久はこれ以降段銭を収めることなく、それを知らしめた上で

国内の諸豪族を取り込み、段銭用の銭は敵対勢力を攻撃するための

軍資金として活用した。


 当然、都にいる京極政経は激怒する。


 「経久め、好き勝手にやりよって!!」


 政経は将軍、足利義尚あしかがよしひさに尼子経久の追討令を出すように願ったが、

義尚は渋い表情をした。


 「応仁の乱以降、わが将軍家の権力は地に落ちている。

そのわしが追討令を出しても、経久に対する不満が高まっていない限り

軍を動かすのは難しいであろう。」


 だが、これでも政経は引き下がらない。


 「では、経久に対する不満が出雲国内で高まればよいのですか。」


 「そうだ。段銭の徴収拒否で国外での不満は高まっているとは聞くが、

出雲国内の豪族らは経久のもとで盛り上がっているという。

そのような敵に挑む大名はいないであろう。」


 義尚の答えはこう理解することができる。

出雲国内で分裂するまで経久に対する不満が高まれば、

それに付け込んで一気に叩けるが、そうでない限りは無理である

ということだ。


 (経久め、覚えておれ。経久は経験がないから必ずどこかで

踏み外すに違いない。そこを叩いてやるのじゃ・・・。)


 政経は経久がどこかで豪族の不満を買うと考え、それに付け込むため

将軍義尚にこうお願いした。


 「もし、絶好の機会が訪れましたら、お力を貸していただけないでしょうか。」


 これに義尚は即答する。


 「うむ、わかった。」


 そう、義尚も顔には出さないが経久に大きな不満を抱いているのだ。


 その一方で、裏で事態が動いていることを知らない経久は

出雲統一に躍起になっているのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る