第8話 久幸救出作戦

 「経久殿、此度の家督相続おめでとうござりまする。」


 こう祝辞を述べたのは尼子家家臣ではなく、京極家重臣の塩冶掃部介である。

経久の家督相続を受けて祝辞を述べに都から遥々やってきたのだ。


 「うむ。都から遥々と、かたじけなく存じる。」


 こう返しながら経久は思う。

京極政経の腹心とも言うべき塩冶掃部介がわざわざ出雲まで来たということは

相当尼子家に気を使っているのだと。


 (そんなに気を使っても無駄だぞ・・・。)


 経久はニヤリと笑った後、表情を引き締めて家臣に命じた。


 「皆の者、塩冶掃部介を生け捕りにせよ!」


 「は、はひ!?」


 掃部介は慌てたが既に時遅し。

尼子家家臣の宇山久秀や佐世幸勝らが数人がかりで掃部介を捕まえ、

問答無用で牢屋に閉じ込めた。


 なぜ、経久がこのようなことをしたのか。

その理由は一つ、京極家の人質になっている弟の久幸を助け出すためだ。


 都の政経に掃部介を捕まえたことと、

掃部介を助けたければ久幸を解放せよという内容の文を突き付けた。


 「な、なんということじゃ!!」


 政経は憤慨し、一時は久幸を斬首しようと考えたが

京極家の家臣に思いとどまるよう迫られる。


 「なぜ止めるのじゃ!?」


 頭に血が上った状態の政経に声をかけて落ち着かせた家臣たちは

揃ってこう進言した。


 「結局、久幸を斬ろうと斬るまいと尼子家は確実に裏切ります。

であれば、掃部介を助け出す方が得策でございます!」


 「確かにそうじゃな・・・。」


 事の展開は経久の思惑通りに進み、掃部介を都に逃がす代わりに

久幸を助け出すことに成功したのである。


 「兄上!」


 「久幸、無事だったか!?」


 馬上で頷いた久幸は近くまで来てこう言う。


 「やはり焼け野原の都より出雲の方が豊かな気分になれます。」


 久幸は満面の笑みだった。

久幸にとっては恐らくつまらない場所だったのであろうと経久は推察する。


 「確かに出雲は海があって山もあって、とても豊かになれるところだな。」


 こう言う経久もまた、満面の笑みだった。


 その後、経久の母親の実家がある出雲国真木に隠居している父、清定にも

久幸を助け出した旨を報告した。

 すると、清定は大変喜んだわけだが、その一番の理由は

久幸を助け出せたということではなかった。


 「わしは何より経久の成長を喜んでおる。」


 そう、清定は経久が弟を助け出せるほど立派になったという所を

喜んでいるのだ。


 「わしの命は先が短い。いい報告を聞けて安心した。」


 「えっ、それはどういうことでしょうか・・・。」


 経久の頭は清定の言葉の理解を拒む。

父上の死が迫っているなんてあり得ない。


 だが、現実には逆らえなかった。


 「実はな、労咳を患っているのだ・・・。」

 「侍医からは余命僅かだと聞いている。」


 「え・・・。」


 経久は言葉を失う。

そんなの信じられなかった。

だが、確かに清定はよくせき込んでおり、顔色良く繕ってはいるが

動くのも大変そうである。


 (まさか・・・、嘘であってくれ・・・!)


 こう願う経久だが、清定は一貫してこう述べる。


 「わしには構うな。」


 結局、清定の回復を願いつつもその言葉に従って

月山富田城に帰還した経久だが、その願いは叶わず

父、清定は4月の初めに死去した。


 人質から解放されて再会したばかりの父、清定が亡くなってしまうのは

とても悲しかったが、


 「わしには構うな。」


 この言葉を思い出しながら経久は奮起する。


 (父上はこの私に迷惑をかけないよう気を使ってくれた。

こうなったら父上に良い報告ができるよう頑張るまで・・・!)


 経久はただならぬ表情で月山富田城がある月山の頂上にやってきた。

時刻は早朝、日の出の時。


 昇りゆく朝日を前に経久は大成することを固く誓ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る