第7話 家督相続
「海だ、海が見えるぞ幸勝!」
「出雲も近くなってまいりましたな!」
5年ぶりの海を見て子供のようにはしゃぐ経久に付き従う
佐世幸勝や宇山久秀、亀井秀綱などもまた、久しぶりの海である。
今経久一行が歩んでいるのは因幡国の鳥取というところである。
「どうじゃ、久しぶりに見る山陰の大海原は。」
「最高の気分です、父上!」
清定の言葉に満面の笑みで返す経久はとても嬉しそうだった。
そんな経久を見て父の清定は思う。
(経久には人質という不自由な目をさせた。だから今度からは
自由にさせようではないか。)
清定は完全に隠居することを改めて決意した。
「お城も昔のままだ。」
経久の頭の中に幼少期の記憶がよみがえる。
出雲守護代尼子家の居城、月山富田城及びその城下は健在だった。
「経久、これでもこのわしが頑張って守り抜いてきたのだぞ。」
清定はこう自慢して高らかに笑う。
そう、この一帯が平和なのも清定が目を光らせているからだ。
「はい、父上の努力あってこそだと思います。」
「経久もお世辞を申すのになったのじゃな。」
「それはどういうことですか・・・。」
「都に行く前の経久に同じことを言ったら、”父上のおかげではなくて
家臣のおかげです”と申していたの覚えておるか。」
経久は清定のこの言葉でかすかに思い出した。
今思えば偉そうなことを言っていたと思う。
「まぁ、間違いではないがな。」
清定はこう言って笑った。
父の言動からは経久の帰国を喜んでいるのが窺える。
経久一行は月山富田城に入城した。
経久は旅の帰りで疲れていたが、清定に呼ばれて本丸に登っていく。
城内の景色、全てが懐かしいほどだった。
「父上、話しておきたいこととは何でしょう。」
「おお、経久。疲れているところ悪いな。」
「いいえ。」
父の清定に呼ばれて入ったのは本丸の中でも一番奥にある一間であり、
秘密の間とも呼ばれ、重要な話をする時だけ使われる部屋である。
(これは大変な話をするのであろう。)
こう察した経久だが、その内容までは思い浮かばない。
「経久よ、実はな、このわしは隠居しようと思うておる。」
「え・・・。」
経久は言葉を失った。
清定の隠居、すなわち経久の家督相続はもう少し先の話だと
思っていたからである。
「それは・・・、本当ですか・・・。」
困惑する経久だが、清定は構わず続ける。
「経久には当主になった上で自由にやってほしい。
だからこのわしも一切口を出さない。」
清定の表情は真剣そのものであり、どんな不安があろうと
経久に任せるという決意がにじみ出ていた。
(これは大変なことになったぞ・・・。)
経久の脳内は混乱の極みとなったが、
それを感じ取った清定が一言。
「自分の力を信じろ。」
「・・・・・・。」
しばらく黙り込んでしまった経久だが、これを辞退する手はなかった。
経久は決意を固める。
「父上の期待に応えるように頑張ります!」
「そうか、まぁわしのことはどうでもいいから
自分の期待に応えられるように頑張るのだな。」
こう言って秘密の部屋を立ち去る清定だが、
経久は“自分の期待に応える”という言葉が頭に残った。
(自分の期待に応える、それは大大名に大成するという目標を
達成するということか。そうか、これは自分に対する期待であったのか。)
経久の命が沸き立っていく。
(確かに早く動ければ動けるほど大大名への道は近づく。
これは父上が与えてくれたいい機会なのだ・・・!)
そう、清定はいち早く目標への道のスタート地点に立たせてくれたのだ。
これを生かさぬ手はない。
今この日本は一触即発で戦乱になる状態だ。
経久は自らがその一触となって世の中を動かし、
混乱に乗じて大大名に成り上がろうと考えた。
そして1か月後の文明10年(1478年)3月。
経久は正式に尼子家の当主となった。
さぁここからが本番である。
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