第1話 先見の明

「経久の将来は明るい。」


 こう言う者は誰一人いなかった。

父の清定きよさだでさえ、尼子家の未来を案じてばかりなのだ。


乱世に頭を突っ込んだこの世の中において、先が見えないのが普通である。

だが、この男・・・尼子経久は違った。


 経久は自らが活躍して大勢力を築く将来を信じて疑わなかった。

それは自信があるからであろうか。


 そうなのであれば、その自信の源はなんであろうか。

その答えは経久とその家臣、亀井秀綱かめいひでつなの会話を聞いてもらおう。



 「それにしてもこの暑さはなんだ。」


 「かなり暑いですな、若殿。」


 経久一行は襲い掛かる灼熱のなか、京の都を進んでいた。


 「馬も息を上げておるぞ。」


 戦乱で荒れ果てた都の中は戦火の影響もあってか地獄のように暑かった。


 

 「そういえば若殿。」


 「なんだ秀綱・・・。」


 「若殿は前々から将来に自信を持っておられますが、

この世の中にあってよく自信を持てますね。」


 「よくぞ聞いてくれた。」


 経久の暑さでへたっていた表情が生き返る。


 「実はな・・・、この私には先を見る力があるのだ。」


 「・・・そう言って見事に外した者を何度も見ておりますが・・・。」


 「いいではないか。」


 「え?」


 秀綱は驚いた表情を見せた。

この種の発言で恥をかいた者は多く見てきたが、外れてもいいと言った者は

見たことがないからだ。


 「なにゆえ外れてもいいのですか・・・。」


 「なぜだか聞きたいか?」


 「はい、聞きたいです。」


 こうして経久と秀綱が話し込んでいると、


 「若殿、京極政経きょうごくまさつね様の屋敷に到着しました。」


 「そうか、もう着いたのか。時間がたつのも早いものだ。」


 「では帰り道に続きの話を・・・。」


 「帰り道とは、変なことを言ったものだ。」


 「え・・・?」


 「人質であるこの私がその役目を果たさずに出雲へ帰るというのか?」


 「あ・・・。」


 「まぁいい。屋敷の中で続きを話せるだろう。」


 こう言いつつ、経久一行は京極屋敷へと入っていった。

先の話は次にでも回すとしよう。



 「出雲から遥々、ご苦労である。」


 ひたすら平伏する経久を前に、主君の京極政経は至って上機嫌だった。


 「出雲守護代尼子清定の嫡男、尼子経久にございます。」


 「そうか、そういえばわしの経の字を与えておったな。」


 「はは、政経様の大切な一字を頂戴できたこと、誠に嬉しく思っております。」



 経久はこのお世辞を述べている自分がばかばかしいと思った。

この権力を失いかけた主君から一字をもらったとて、何が嬉しいのか。

 とはいえ、父の清定がこのひ弱な主君に従っている以上、

変なことはできなかった。


 「うむ、部屋を用意してあるからそこにいるがよかろう。」


 「ははー。」


 そう、この私は京極家の人質なのだから。



 「こちらである。」


 京極家家臣、塩冶掃部介えんやかもんのすけに案内されて離れの建物にある一間に辿り着いた。

古い感じの建物ではあるが中は綺麗に清掃されており、

尼子家に気を遣っていることが窺える。


 (京極の殿様も馬鹿ではないのだな。)


 こう思う経久だが、確かに京極政経は世の中の空気が読めないほど

馬鹿ではない。

事実、京極家の権力が堕ちているのもわかっていた。


 京極家は足利幕府の要職を務めるような家柄である。

その当主、京極政経は尼子家が守護代を務める出雲(今の島根県西部)を始め、

隠岐(今の島根県隠岐地方)や飛騨(今の岐阜県北部)、近江(今の滋賀県)

といった計4か国の守護でもある。


 その京極家の権力の源である室町幕府は衰退している。

その要因となったのは、かの有名な応仁の乱なのだ。


 長くなるので詳しくは話さないが、日本全国を巻き込んだ大乱であり

その主戦場は京の都である。


 この都が荒れ果ててしまったのも、この大乱に伴う戦のせいに他ならない。


 応仁の乱で幕府の権威は失墜し、それに伴い京極家の権力も

失墜してしまったのである。


政経は時々、こう述べていたという。


 「まったく、このわしが未だに守護としていられるのが不思議でならない。」


 そう、政経は殺されて国を奪われることがなくこうして生きているのが

不思議でならないと言っているのだ。


 ただ、京極の領内で謀反が起きない理由は簡単だ。

各国の守護代などの豪族たちは周りの情勢に敏感であるため、

自分一人が真っ先に動き出すことをためらっているのである。


 だが、逆に言えば誰か一人が謀反を起こせば謀反の嵐が起きるということだ。


 経久は思う。

人質から解放されて尼子家を継いだら、自分がその“誰か一人”になってやろうと。


 時は文明6年(1474年)夏。

狭い一間の中であっても、若き経久の夢は膨らむ一方なのである。

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