第0の不思議︰はじめに幼なじみありき-02

 宮華の自信ありげな態度に、オレは不安になる。こういうときってアレだよな。コイツが実はオレの弱みを握ってて、それをネタに脅してくるっていう……。いや、ないな。アレとかアレとか、コイツが知ってるはずはない。誰にも知られることなく、オレが墓まで持ってくはずなんだ。

 一つだけ心当たりはあるけど、コイツがあのカードを切ってくるとは思えない。


 宮華はカバンから書類を挟んだクリアファイルを取り出した。


「あなたの言い分はよく解った。さ、これが部活設立の申請書。あとはあなたの名前と顧問の先生のサインを書けばいいようにしてあるから」


 コイツ交渉下手くそか。


「あのな。オレは断ったんだぞ……。断った、よな?」


 あまりに向こうが自信たっぷりだから、ちょっと弱気になる。こんなんだからこんな高校に進学するハメになったってのは自分でも解ってる。


「ええ。だから、あなたの言い分は解ったと言ったじゃないの。いい? イチロ。世の中はね。なんでもあなたの思いどおりになるわけじゃないの」

「それおまえも一緒だろ!?」

「もちろん。だから私は目的を達成するための切り札を用意してきた」


 そう言って宮華がカバンから取り出したのは──。


「化石?」


 それはわりと大きめの、三葉虫の化石だ。木枠にガラスが嵌められた標本ケースに入ってる。どうやってこれカバンの中に入ってたんだろう。


「そう。状態といいサイズといい、なかなかの逸品でしょ。イチロ、化石が好きだったから……」


 オレは頭痛がしてきた。


「小4の一時期な。父親が小さなアンモナイトの化石を買ってくれて、それで言ってただけだ。すぐに飽きたぞ」


 あれか? 人が一度好きって言おうもんなら永久に記録されて上書きされなくなるって、おまえはウチの母親か?


 宮華は手にした化石標本をじっと見つめ、それからカバンにしまった。よく見てたけど、やっぱりどうやって入れてるのかよく解らない。


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙。


「じゃ、オレはこれで」

「待って!」


 立ち去ろうとしたオレの腕を宮華がつかむ。はずみで柔らかなものがオレの腕に押し付けられ……たりはしてない。振り返って見れば宮華は体が触れたりしないよう、腕をまっすぐ伸ばしてる。そんなに接触イヤか。


 宮華はオレの目を見つめたまま少しずつ前に回り込み、一瞬だけ手を離すとすぐさま両手でオレの両手首を握った。身体能力高いだけあって、簡単には振りほどけない。


 自由になろうとするオレ。離すまいとする宮華。休止……再開。一休み……再開。疲れた、と見せかけて……! ダメか!


「えーいもう、いい加減にしろ!」

「だってしょうがないでしょ! あなた以外に話せる人いないんだから!」

「なっ!? 認めやがったな!」


 自分でも他に理由はないって言ってたけど、実際に言われるとかなりえぐられる。


「あのな。いくらなんでもそれ失礼だぞ」

「けど、他の人こんなことに誘えるまで待ってたら2年になっちゃう」

「それでいいだろ。だいたい、部活にする必要あるのか?」

「ある! 部費や部室があれば活動だってしやすいし、それに……れる……から」


 急に声が小さくなる。


「え? なんだって?」

「みんなから部活に誘われる、から……」


 さっきまでとは打って変わって、弱々しい声。ああ、なるほど。

 オレは腕の力を抜いた。確かに病的な人見知りのコイツからしたら、それはもう生き地獄みたいなもんだろう。けど、部活を作ってしまえば、帰宅部よりはずっと勧誘されにくくなる。


 オレに逃げる気がなくなったって伝わったのか、宮華も手を離す。……どれだけさり気なくやろうが、スカートの腰のあたりで手を拭ってるのは見えるもんなんだぞ。


「まあ、話だけは聞いてやるよ。それで、郷土史と七不思議がどうしたって?」


 宮華の説明によると、学校七不思議を作りたい。そのための隠れ蓑として郷土史研究会って部活を立ち上げたい。そういうことだった。うん。さっぱり解らん。


「一つずついこう。まず、なんで郷土史研究会なんだ? 歴史同好会とかでもいいだろ」

「これはあくまで世間を欺く目くらましだから。ヘタな部活でホントにやりたい人が来たら困るでしょ。そんなことも説明されないと解らないわけ? それに、歴研ならもうあるし」

「そもそもオレたち二人で部活とか作れないだろ」


 普通こういうのは最低5人は必要なはず。ソースは漫画。


「うちは新設校でしょ? 特例として向こう三年間で六人。つまり平均すると各学年二人は部員を集めればいいってことになってる。それ以下だと四年目以降は廃部ね。ちなみに運動部なんかだと、公式戦に出られる最低人数を集める必要がある」


 そりゃそうか。部員足りなくて透明ランナーがレギュラーの野球部とか厳しいもんな。まあ、野球にサッカー、バスケにバレー。その他メジャーどころの運動部はちゃんと人数集まってるみたいだけど。


「で、オレが部長ってのはどういうことだ」

「だって、部長になったら知らない人と話さなきゃいけないじゃない」


 知らない人って、ほとんど同級生と先生だけどな! けど、それについてはもう何も言うまい。


「それにしたって、郷土史研究会ってのは」

「郷土愛でもって地元の歴史を学ぶ。教師が喜びそうでしょ。具体的にどんなことすればいいのか知らないけど、たぶんあんまり実績なんて求められないはず。歴研に比べればカバー範囲も狭くていいし」


 身も蓋もないな。けど、確かに許可は下りやすそうだ。けどなあ。文芸部や放送部でさえ甲子園がある昨今、油断はできない。っていうか、なんで大人はいろんなところに甲子園を持ち込みたがるのか。“持たない、作らない、持ち込ませない”の非甲子園三原則はいつ採択されるのか。全国は無理でも、せめてここ鶴乃谷市だけでも。


「顧問のあてはあるか?」


 いつの間にか真面目に考えてる。そうそう。なんだかんだ言ってけっこう付き合いがいいっていうか、優しいんだよ。そんなラノベの主人公みたいだから彼女できないんだな、オレ。


「もちろんいる。帯洲先生おびすせんせい


 なんだと!? その名前にオレは戦慄した。

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