第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-03

 それから1週間、宮華は部活に来なかった。あの日、帰り際にしばらく休むとは言ってたものの……。あ、宮璃とは2回会った。けど、宮璃も姉が何をしてるのかは知らなかった。


 オレは宮華が休んでるあいだも毎日部室へ通った。さすがに誰も来てないじゃマズイだろうと思って。

 部室で一人、郷土史の本をパラパラめくったり、持ってきたラノベ読んだりスマホいじったりしてると、何やってんだろうって虚しさしかなかったけど。


 そしてその日、いつものように部室へ行くと宮華がいた。


「ようやく準備できた。急いだにしては上出来だと思う」


 見れば教室の隅にダンボール箱がいくつか積まれてる。


「これ、自分で運んだのか?」

「ううん。朝早く車で。父親に手伝ってもらったの」


 オレは箱を開けてみる。


「うわ。すごいな!」

「でしょう? 叔父にも手伝ってもらったけど、だいたいは私がやったの」


 宮華は胸に手を当てる。表情には乏しいけれど、そのしぐさや声に嬉しそうな感じがにじみ出ていた。


「お! これなんか本格的だな」


 素直に感心するオレを見て、宮華は満足そうに目じりを下げる。



 それから二日後。ついに雨の日がやって来た。オレたちは計画を実行に移す。


 コホー……。コホー……。


 オレが息するたびに、目の前の布が揺れる。両肩には確かな重み。そして両頬には宮華のフトモモの感触。オレは両腕を外側から回して、宮華のフトモモにがっつり絡めてた。

 宮華のフトモモはふにふに柔らかいというより、弾力と張りのある感じ。適度に鍛えられてるんだろう。手全体で押すと、心地よく押し返してくれる。

 ジャージ越しとはいえ、それはオレみたいな純情高校男子生徒にはそれだけで強烈にクるものがある。さらには首筋に宮華の股間が押し当てられているという事実が、オレの理性を掻き乱す。

 おまけに布の中は上の方から降り注ぐ宮華のいい匂いと体温がこもって、そんな趣味なくても思わず息が荒くなるというもの。


「イチロ。勝手に手を離したり上向いたりしたら頭皮剥ぐからね」


 上を向けばチューブトップ姿の宮華の上半身が見えるはずだ。ちなみに着替え用のTシャツをリュックに詰めて、オレが背負ってる。


 オレは今、宮華を肩車してる。これが体を張ったプラン。

 まず宮華がミミズ腫れやひきつれに見えるような特殊メイクを顔や腕なんかに施す。

 それから顔を隠すように長い黒髪のかつらをかぶり、肩車した状態で床に引きずるくらい長い薄汚れた白のワンピースを着る。

 あとはオレがスカートの中に入って肩車すればヒキコサンの出来上がり。


 宮華の手にはサビだらけの鎖が握られ、その先にはボロボロで所々に骨の露出した肉塊に見えるものが縛ってある。もちろん作り物だが、薄暗ければ本物と見間違うレベル。


 特殊メイクだの作り物の肉塊だの、宮華はどうやって用意したのか。

 答えは簡単。コイツの父方の叔父に特殊メイクアップアーティストがいるのだ。


 同じ市内にある宮華たちの祖母の家に工房を構えてて、メイクだけでなくホラーやSFなんかの小道具大道具製作もやってるそうな。最近ではお化け屋敷のプロデュースや企画製作なんかも請けてる。

 宮華は幼い頃からこの叔父と仲がよく、しょっちゅう遊びに行ってるらしい。それでいつの間にか自分もそこそこデキるようになったって話だった。


 オレたちのやることは単純だ。雨の日の放課後、日暮れどきを狙って文化部の多く入ってる校舎に行き、人の気配がしたら階段とつながる廊下の角なんかから姿を表す。目撃されたら合体を解除して撤収。


 こうして目撃されていればやがて噂になり、そこで宮華の考えた話を流せばすべてはそこに集約される。それが宮華の計画だ。


「これは世間的にもあまり例のない、新しい試みになる。だから最初は成果を期待するより、試行錯誤とノウハウ集めのつもりでやりましょう」


 なんて開始前から失敗したときの予防線張ってたのが気になるけど、確かにこんなので成功するほど甘くはないだろう。

 そう。オレはこれが成功するなんて思っちゃいない。そこまでおめでたくはない。むしろ一番の目標は誰にも捕まらずに切り抜けることだ。

 じゃあ、なぜ失敗を確信してる案に反対しなかったのか。そんなの決まってる。いま、この状況。宮華のフトモモと体温といい匂いに包まれて過ごす放課後。そんなチャンスをみすみす見逃すなんてこと、オレにはできない。


 メインで使われてる1号校舎以外、廊下や階段は電灯が間引いてあって薄暗い。時間も遅めで雨も降ってるとなれば、なかなか不気味な雰囲気だ。


「来た」


 宮華が囁く。オレは慎重に足を踏み出した。ゆっくり動いたほうがそれっぽいってのもあるけど、オレの視界は外からうまく隠された覗き穴だけでヒドく狭いし、スカートだって油断してたらすそを踏んで転びかねない。

 そもそも、そんなに歩く必要はなかった。


「うわっ!」

「ヒッ!」

「あひゃんっ!?」

「うおっちょらっせーい!」


 オレたちが姿を見せるやいなや、みんな悲鳴をあげて逃げていく。鎖の先でスタンバってる力作“高校生の肉塊くん”が後から引きずられて姿を現す間もない。こんなうまく行くとは思ってなかった。


「なあ。イジメがどうこう言ってたオレが言うのもなんなんだけどさ」

「どうしたの?」

「オレたちって今、ただの迷惑な二人組になってないか?」

「うーん。まあ、見ようによっては。こう思い通りに驚いてくれると気が咎めるけど……。イチロ。私たちは後戻りのできなくなるラインをとっくに越えてるからね」


 最後の一線といい、コイツ越えちゃいけないとこ越えるの好きだな。

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