第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-02
「やあ神野さん。顧問の帯洲だ」
帯洲先生だった。先生は机の上の本に目を留めた。
「お! さっそくやってるのか。熱心だな。けど、成績は落とさないでくれよ」
すがすがしいまでに顧問らしからぬセリフだ。見れば宮華は人見知りを発揮して固まってる。
「先生、このあいだはどうも」
「あ……長屋くん? じゃないか」
なんで今はじめて気づいたような感じなんだ。しかも絶対に名前すぐ出てこなかったパターンだろこれ。
先生はなんとなくあたりを見回すと、満足そうにうなずいた。
「さっそくで悪いんだけど、二人に頼みがある」
「なんですか?」
「ここで三十分くらい、今後の活動方針について打ち合わせたってことにしてくれないか?」
「それって……」
「どうせそんな話をしてたんだろ? 君たちとしても、教師がそれを横で聞いてて口出ししてくるなんて嫌なんじゃないか?」
「それは、まあ」
「じゃあ、決まりだ」
帯洲先生はニッコリ笑うとオレの肩を叩き、出ていった。オレは先生の張り詰めたお尻を見送る。
「もう、いなくなった?」
硬直から復帰した宮華がおずおずと尋ねる。ひと目でわかるくらい顔色が悪く、整った顔の表面を汗のしずくが流れ落ちている。というか、よく見ると眼鏡の端がうっすら曇ってる。こんな短時間でどれだけだよ。
「出てくとこ見えてたろ」
「そうだけど……。ほら、油断させておいてガバッと」
右手で左手に飛びかかるしぐさをする宮華。
「ホラー映画じゃないんだから」
これもう人見知りとかいうレベルじゃないな。なんかちょっとこう、患ってるだろ。
「で、さっきのノートのことなんだが」
「ああ。そうそう」
宮華はさっきのノートを開いた。そこには上に大きくこう書かれていた。
ヒキコサン──。
「イチロはヒキコサンを知ってる?」
「おう。顔と名前くらいは」
「そういうのいいから」
ヒキコサンはやけに背が高く、長くてボサボサの黒髪に薄汚れた白いワンピース姿。体中が醜い傷に覆われた女だ。
いつも子供の死体を縛りつけた鎖を引きずって歩いてる。死体は引きずられてるせいで、顔も判らないくらいボロボロ。
コイツは雨の日に出現し、出会うと今度は自分が鎖で引きずられることになるだとか、殺されて自宅のコレクションに加えられるだとか言われてる。
ヒキコサンはもとは普通の人間で、親に虐待されて閉じ込められてたとか、いじめられて引きこもってたとか、化物になった理由はバリエーションがある。
「けどこれ、都市伝説だろ?」
「そう。星高の七不思議にはそういったメジャーな都市伝説も取り入れてきたいって考えてて」
見出しの下には宮華が考えたらしい、ヒキコサンの星高七不思議バージョンが書かれてた。
──────
雨の日の夕暮れ。校舎内にヒキコサンが現れる。
ヒキコサンは鎖の先に高校生を縛りつけて引きずって歩く。捕まってしまうと今度は自分が殺され、鎖にくくりつけられる。
ヒキコサンは星高に合格したが、入学式直前に事故で死んだ生徒。一度も登校できなかったので星高生に嫉妬している。
事故のときトラックのチェーンに引っかかって道路の上を引きずられ、全身が傷だらけになっている。
──────
「ずいぶんアッサリしてるんだな」
「こういうものは物語より、短い要素の羅列の方が噂話っぽくていいの」
そういうもの、なんだろうか。
「今回のポイントは、現実とのリンクね」
「ヒキコサンをウチの学校と絡めてるってことか?」
「違うって」
オレの言葉を否定すると、宮華は恐ろしいことを口ばしった。
「同じ学年に開学以来、一度も登校してない生徒がいるのを知ってるかしら? ヒノシタユキコって娘らしいんだけど、名前を縮めるとヒキコでしょう? そして一度も登校してな──」
「おまえそれ普通にイジメじゃねーか!」
あっぶねー。コイツいきなり何言いだすんだ。
「イジメ?」
まったく自覚がないらしく、きょとんとする宮華。
「だってそうだろ? そいつがどんな気持ちで学校来てないのか知らないけど、自分がいないところでヒキコサン扱いされてるとか辛すぎるだろ?」
ハッとした様子の宮華。軽く視線をさまよわせる。
「じゃあ、もし彼女がこのまま退学したらそのときに……」
ごちゃごちゃ言いだす。よっぽど自分のアイディアに未練があるらしい。
しかたない。こうなったら一つ、指摘をしてやろう。
「そもそもそいつな。ヒノシタユキコじゃなくて、
どうだ。アイディアが完璧じゃないと知れば諦めるかもしれない。
「そうなの!? って、え? ……なんで知ってるの?」
サッと身体を引く宮華。おまけに声こそ出てないけどその唇の動きは“キ・モ・チ・ワ・ル・イ”。
「いや、なに想像してんのか聞きたくもないけど、アレだぞ。そいつオレのクラスで、初日に担任が言ってたんだ。3組の奴に聞けば誰でも知ってるぞ」
「それじゃあ、イチロの話が本当か確かめようがないじゃない」
「なんでだよ! 聞けよ、オレ以外の3組の奴に」
すると宮華はヤレヤレといった感じで肩をすくめた。
「イチロ。もう少し人見知りの人間の立場に立って考えてよ」
「おまえな……」
「けど、そういうことならイジメにはならないじゃない。ヒキコサンとユキコサンなんて、そうそう結びつかないもの」
「つくよ! 自然な流れで二人は結ばれるよ!」
なんでこんな粘るんだ。どうすりゃ諦めさせられるんだ? オレはまるで、殺しても殺しても復活して追ってくるホラー映画の殺人鬼を相手にしてるような気分だった。と、そこで閃く。なんかロマサガみてぇ。
「そんなに問題ないって自信があるなら、ツイートしろよ」
何か言おうとしてた宮華がピタリと止まる。その額を一筋の汗が伝い落ちた。
「なんなら炎上する方に5万賭けたっていい。ほら、早くしろよ。“同じ学年の不登校女子をヒキコサンってことにしよう”とかなんとか」
けっきょく宮華が折れるまで5分は掛かった。全身にじっとりイヤな汗を浮かべて、宮華は言った。
「た、確かにこの案には倫理的な落とし穴があるかもしれない」
その落とし穴、たぶん直径1キロはあるだろ。こいつひょっとして、かなりの負けず嫌いか?
オレは何も言わず、宮華を見つめた。宮華はふいっと目を逸らす。
「……あなたのおかげで恐ろしい過ちを犯す前に回避できたのは、その、ありがとう」
そっぽ向いて少し恥ずかしそうにしながらもにょもにょ言う宮華は普段のクールな態度とのギャップが大きい可愛い。普通にズルいな、これ。
「とにかく却下だ」
「となると、別の方法にするしかないわね。謎の不登校生と絡めれば、簡単に話が広まると思ったんだけど」
それ以前にコイツ、重度の人見知りでどうやって話を広めるつもりだったんだろう。
「そもそもヒキコサン諦めるって考えはないのか? なんでそんなこだわるんだよ……。まさかおまえ、親から虐待されてるんじゃ」
「そんなわけないでしょ? 私の両親に会ったことあるじゃない」
そうだった。何回かしかないけど、あのぽえぽえしてて大らかな二人が陰で我が子を虐待してたら、オレは一気に人間不信になる。
「小さいころ、ヒキコサンが一番怖かった。それだけ」
「なるほど。あえてそれを選ぶことで、過去のトラウマを乗り越えようっていうんだな?」
「じゃなくて。七不思議っていう身近な恐怖にすることで、一人でも私と同じ思いを味わってくれる人がいればって」
「……」
コイツとこうやって話すのいつぶりかって感じだけど、どうやら知らないあいだに性格があさっての方向へすくすく育ってたらしい。才女どこ行った。
「で、別案はあるのか?」
「ええ。これなら日下さんとは結びつかないし、上手くすればむしろ成功率は上かもしれない……」
「どういうやつなんだ?」
宮華はキリッと眉を立てて言った。
「リスクを取って、体を張る」
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