第1の不思議:ヒキコサンvsひきこさん

第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-01

 生徒会の仕事ぶりは早かった。翌日書類を提出すると翌週からの活動開始が認められた。


 割り当てられた部室は7号校舎4階。なるべく多くの設備を使うという方針で文化部も各校舎に分散させられてるので、この校舎には他に落語研究会と映画愛好会しかない。


 だだっ広い教室は当然のように真新しく、後ろの方に机と椅子が寄せてある。オレたちはとりあえずその中から自分用を確保し、ドアのところに郷土史研究会って印刷した紙をテープで貼った。

 それぞれの席は少し距離を開けて、漠然と向かい合わせの形に配置されてる。


 準備はこれで終わりだった。そうなるともう、やることがない。

 宮華と会うのは部に誘われた日以来だ。クラス別だし、合同授業も別だし、廊下なんかで会ってもお互い無反応。宮璃なんて土曜もウチに来て母親の夕飯づくり手伝ってってくれたのに。アイス食いながら。


「宮璃のヤツ、どんな感じだった? お前からも部活のこと聞きたいって言ってたけど」

「別に。たいしたことは何も。あの娘、私の考えることは難しすぎて自分には解らないって最初から思い込んでるから。悪い癖というか……。イチロ、兄なんでしょ? 何か言ってやってよ」

「って言われてもなあ。オレにだっておまえの考えてることなんか、よく解かんねえし」


 会話が途切れる。宮華はノートを取り出して何か書きはじめた。


「帯洲先生、今日くらいは様子見に来ると思うか?」

「たぶんね。他の先生の目もあるでしょうし」

「そもそもよく引き受けてくれたよな。おまえは自信ありげだったけど」

「だって、受けたほうが圧倒的に得だもの。あの先生の考えは読みやすい」


 宮華の説明によると、そもそもこの学校では部活の顧問やると手当が出るらしい。時間によって変わるらしいけど、最低限の金額は保証されてる。つまり名義貸しみたいな状態だと、何もしなくても月々の給与が少し増える。


 次に、周囲の目。顧問ってのは教師にとって負担が大きい。だから雑用やなんかは顧問してない教師に回って来やすい。それに当然、部活が増えるとなれば顧問の話が回ってくるのは今なにもやってない教師だ。

 となると楽な部活でも顧問さえやっとけば、あとあと面倒そうな部活の顧問を押し付けられる確率が減る。


「私の存在も大きいと思う。自分で言うのもなんだけど」

「そうそう。帯洲先生もそこが決め手になってたっぽいし。どういうことだ?」

「私、けっこう成績がいいから。教師から見れば将来有望ってこと。だから顧問なんかで他の教師より親しくなれれば、それが将来的な校内での地位に反映されてくるかもしれない。教師の評価はどれだけ優秀な生徒と、どのくらい親しかったかでも変わってくるから」


 なるほど。有名プロスポーツ選手の母校でも、国語教えてた先生より顧問の先生のほうが一目置かれるって理屈か。


「ゆえに。帯洲先生が断る理由なんてないってこと」

「なるほど。でも、よくそんなこと分析できたな」

「あの先生に関してはフェイスブック読めばどんな人か解るでしょ。顧問してないことも」


 いやほんと、帯洲先生におかれましてはネット上でのガードをもう少し気にしていただきたいと他人事ながら心配になる。おかげでこうして楽に顧問が見つかったわけだけど。


「で、さっきからなに書いてんだ?」

「これ」


 宮華はノートをこちらに見せてくれた。本人に似た端正で几帳面そうな字だけど、離れてて何が書いてあるかよく判らん。

 オレは立ち上がると宮華のところへ行き、ノートを受け取った。向こうはこっちへ来ようって気配すらなく、その辺にもう力関係が出てる。


「ああ、これ、アレか」


 そう言ったときだ。


「ちわー。図書委員会です。ご注文の本、貸し出しに来ました」


 やたらとゴツいリュックを背負った、ヒョロヒョロの男子生徒が入ってきた。

 そいつは床にリュックを下ろすと、中身を俺の机に積んでいく。


『鶴乃谷市政30周年』『同50周年』『鶴乃谷の昔ばなし』『鶴乃谷史』『ツルノヤとツルノタニ』などなど。


「じゃあこれ、受取にサインを」


 図書委員のヤツもなんの疑問も持たないで宮華の机まで伝票を持ってくる。


「それじゃ、部活名義での貸出期間は一ヶ月なんで、その頃また来ます。ご利用ありがとうございました」


 宮華からサインをもらうと、図書委員はリュックを背負い、頭を下げて帰って行った。


「なんだったんだ、あれ」

「図書館とは無縁のイチロが知らないのも無理ないけど、あれは図書委員会が最近はじめた宅配貸し出し。ウチの図書館のサイトから注文すると、図書委員が本を持ってきてくれるの。利用増のためみたい。受け渡しは校内に限られてるけど」

「それで、どうしてこんな本なんか」

「郷土史研究会だからに決まってるでしょ。いくらダミーで実績を問われないって言っても、文化祭で冊子を配布するとか、最低限の活動実態は必要でしょう」

「てことは読むのか? これ」


 オレはげんなりした思いで机の上に積まれた本を眺める。そりゃオレだって読書は好きな方だ。けど、こういうのは……。


「当たり前じゃない」


 恐ろしいことをサラッと言いおる。


「いや、でもこんなに読む必要あるのか?」

「もちろん。先に知識をつけておけば、後は七不思議に専念できるでしょう?」


 そういうことができないから、こっちは夏休みの最後に毎年ヒーヒー言わされてるわけで。コイツ、あれだな。できない人間の苦しみを知るべきだな。


「もし読まないって言うのなら、考えがある。……宮璃に言いつけるから。イチロは初日から部活に参加する気ゼロ。ガチャで引いた女の子のカード見てランキング作りに専念してた、って」

「なっ!? おまえ、ちょっ、それ、ズルいぞ! だいたい、この前も思ったけど妹の力を借りるなんて、恥ずかしくないのか姉として」

「それだけ頼れる妹ってこと……って言いたいけれど、まあね。恥ずかしいとは思う。前だってどれだけ躊躇ためらったか。そして言ったあとの屈辱感。これはもう理屈じゃない」


 そこでなぜか宮華は立ち上がった。冷たい笑みを浮かべている。


「けどね、イチロ。最後の一線というのは一度超えてしまえば、あとはもう不思議と何もかも楽になる。私はそれを知った」


 コイツ、闇墜ちしてやがる!?


「それで、どうするの?」


 軽く頭を引いてこっちを見下すようにしながら、腕を組む宮華。ちくしょう。似合うじゃないか。


 けど、このままここで宮華のいいようにされてたまるか。


「オレにだってなあ、一線を超えればおまえの要求を拒否する奥の手があるんだ」

「へぇ……」

「宮璃から軽蔑されることを受け入れるっていう手がな」

「果たしてその一線、イチロに超えられるの?」

「無理だな」


 即答する。だって宮璃に軽蔑なんてされたら生きていけない。


「クッ……。読むよ。読んでやるさ!」


 それで宮璃が来たときさり気なく目の前で読んでる姿を見せつけて感心されてやる!


 というわけで読みやすそうでいながら知的に見えて、宮璃の好感度が高そうな本を検討してると誰か入ってきた。

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