第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-13

 日下さんが出ていくと同時に、宮華は机に突っ伏した。そのままぐったりして動かない。


「ちょっと休ませて」


 しんどそうだけど、普通に喋れている。


「入部に賛成なのか?」

「部員が多ければ今後の活動にプラスでしょ。七不思議のことももう知ってるんだし、口は堅そうだし」

「でも、おまえがそんなんじゃ無理だろ」


 宮華は汚い感じの咳払いをすると体を起こした。顔色は戻ってきてる。


「大丈夫。金曜日は自然に喋れてたのに、って思ったら余計緊張しちゃっただけ。これで1回リセットできたから、次からは普通に人見知れると思う」

「おまえの人見知りはどういう仕様なんだ」


 宮華はちょっと困ったように笑った。


「それを一番知りたいのは私の方」


 普段とは違うその気弱そうな様子に、オレの心は射抜かれそうになった。頭の中でダイスを振る。レジスト成功。危ないところだった。


「それに、どうせ増やすなら気の合いそうな人がいいでしょ? 日下さんとはいつか仲良くなれそうな気がする」

「ああ、それはなんか解る」


 昨日オレをディスってたときとか息ピッタリだったし。通常時はコミュ障ぎみで陰キャなところなんかは共通してる。あと、方向性違うけど見た目の良さとか。お互いに人見知りを乗り越えればいいコンビになれるんじゃないだろうか。苦手分野が同じだから補い合う感じはまるでないけど。



 そんなわけでその日の部活後。オレは顧問の帯洲先生を訪ねて職員室へ。


「入部希望? あんな地味なぶか……ああ、いや。うん」


 いま、思いっきり地味な部活って言いかけたよな。帯洲先生はそんな失言をごまかすように入部届へ目を向けた。


「ん? この……ああ、SKという生徒はあの?」


 なんでふわっとしたイニシャルトークなんだ。誰を、何を警戒してるんだ。


「えっと、そうです」


 オレが同意すると、帯洲先生はニチャアッとした笑みを浮かべ、オレの耳元に口を寄せると囁いた。


「彼女、入試の成績が学年3位だったんだ」


 熱い吐息が耳をくすぐり、あふぅんってなる。これが噂のガチ恋距離か!? しかし先生、ほのかに息がニンニク臭いな。

 ナチュラルに生徒の入試実績バラす点については何も言う気にならない。この人はもうそういう生物だとでも思うしか。

 それにしても日下さん、普通に入試の成績で入学してたのか。自宅学習だったんだろうけど、それで3位とか凄いな。ますます宮華とキャラ被ってるけど大丈夫か。


「成績上位者の集まる知的な文化部。の、顧問が私……」


 先生は一瞬だけ汚い微笑みを浮かべ、すぐにハッとして真顔になると素早く周囲をうかがった。だからアンタは何と敵対してるんだ。


「じつはちょっと今日……」


 そこまで言って、口を閉ざす先生。また周囲をうかがって、メモ帳に何か書くと、くぼめた手のひらに載せて回りからは隠すような感じでオレに見せてきた。ひょっとして帯洲先生、パラノイアなんじゃ……。


“SKさんの服装の変化が職員室で話題になっていた。キミたちの影響か?”


 オレはうなずく。すると帯洲先生はオレの二の腕をバンと叩いた。軽い動きなのに、意外と重くて痛い。さすが格闘技やってるだけのことはある。


「よくやったぞ。えっと、部長くん」


 さっそくオレの名前は忘れてるのか。まあそうだよな。オレなんて先生の損得からしたら空気レベルの価値しかないだろうから。ま、逆に役立つ人物として捕捉されたら面倒くさそうだし別にいいけど。それにオレ、先生のこのクズっぽさ、変に隠そうとしないだけ解りやすくて嫌いじゃない気がしてきたような気がする。


「じゃあ、この……げふふん」


 なんで最後コトバ飲み込んで目配せにしたんだ。前に会ったときはもうちょっと受け答え普通だったじゃないか。このところで先生に何があったんだいったい。


 入部届を眺めて頬を緩めそうになってる先生に挨拶をすると、オレは職員室を出た。それから一人で下駄箱へ向かう。

 え? 宮華? んなもんとっくに帰ったわ。待とうって素振りさえなく。

 そもそもヒキコサンやってないときは基本部室解散で別々に帰宅だ。今日は珍しく郷土史の本とか読んでたけど普段はそれぞれ関係ないことやってるし、なんならオレらはオフピーク下校してる滞校時間の長い帰宅部なんじゃないか説さえある。自分の中で。


 翌日、日下さんは1時間ほど遅れて部室へやって来た。時差登校のおかげで、終わりが遅いのだ。


 部室へ入ってくると、日下さんはまっすぐ宮華のところへ歩き寄った。緊張がピークに達してるのか、顔に変なニヤニヤ笑いが張り付いてる。


「えっと、あの、私のふっ、ふくそっ──あ……。やっぱり、いい。また明日来ます」

「まっ」


 立ち去ろうとする日下さんを宮華が呼び止める。こっちも緊張のせいで目が泳ぎ、口元には日下さんのと同じような緊張による笑みが張り付いてる。まさに笑顔あふれる部活風景。


「似合ってます。うん。キャップも、うん。デュフフフ」

「あっ。あざまっ。デュッフフフフ」


 いやホント、デュフフフって笑ったんだってば。そしてこの間お互い、決して相手を見ようとはしなかった。というか、日下さん前回ここ来た時より緊張して変な感じになってるけど大丈夫なのか? なんで距離感が後退してるんだ。


「あっ。じゃあ、部活の説明。説明を、ですね。聞いていっていただけるとですね」

「あ、はい。はい。ええ」

「私からじゃなくてイチロからなんですけど、でも、いいですか?」

「しかたないです。はい。あ、いいですね」


 お互いに視線を逸らせたまま会話が続く。なんかこの二人の会話、リアルタイムで目の前にいるくせにタイムラグあるみたいになってんな。


「じゃ、イチロ」


 急に素の声で命令するのやめてもらえません? なんか心臓に悪い。


「手短に」


 なんで日下さんもオレ相手だとそんななの? 二人にとってオレって不思議と自然体でいられる存在なわけ? 自然体でそこまでオレに冷淡なのってイヤすぎるけど。


 

 こうして七不思議部 a.k.a 郷土史研究会に新しい仲間が加わった。ヒキコサンの話も、あとは勝手に広まってくれるはずだ。これで第一の不思議は完了……って、よく考えたら噂が広まらないとか、広まってもすぐ忘れ去られたら失敗ってことになるんじゃないか? そもそも成功とか失敗とかどうやって検証するんだ。

 それ以前に、せっかくやっても噂にならなかったら、別のでリトライすることになるんじゃないかこれ? なんとなく流されて始めてしまったけど、どれだけ付き合うことになるんだろう。


 ……まあ、いいや。(投げた)


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●星高七不思議の1

 星高には二人のヒキコサンがいる。雨の日になると校内をうろつき犠牲者を探すけれど、お互いに相手を偽物だと思っていて、出会うと戦う。ただ、実力は互角なので決着はつかない。


 もしどちらかのヒキコサンに出会って追いかけられたら、「後ろに偽物がいますよ」と言えば気がそれて逃げ切れる。


 捕まってしまったら「どちらが本物か?」と聞かれる。「あなたです」と言うと気に入られて鎖で引きずり殺される。「もう一人です」と言うと怒って八つ裂きにされる。「鶴乃谷2丁目92のカシマレイコに聞いてください」と言うと助かる。

 このとき実在の住所を言うとそこの人が殺される。2丁目92以外の住所だと、怒ったヒキコサンが10日後に殺しに来る。

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