第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-13

「どうぞ」


 オレが声をかけるとドアが開き、女生徒が一人入ってきた。


「日下、さん?」


 入ってきたのは日下さんだった。顔がそうだし、すらりとした高身長だから本人に間違いない。ただ、長かった髪はバッサリとベリーショートにしてふんわりとさせてある。服装は白のワンピースではなくサイズの合った星高の制服を着て左手にバッグを持ち、右手にはツバ広の黒いベースボールキャップを持ってる。

 もともと可愛かったから意外性はないけれど、それにしたって高いポテンシャルを開放しすぎだろうこれ。学生モデルにしか見えない。


「いいんじゃないか? 似合ってると思うぞ。うん」


 オレは勇気を振り絞って褒めた。


「どう? 変、じゃ、ない?」


 なぜか日下さんはオレをスルーして宮華へ。もしかしたらオレの声が思ってるより小さくて聞こえなかったのかもしれない。

 一方の宮華は日下さんに話しかけられ、窮地に陥っていた。端正な顔が一瞬で汗まみれになり、目はおちつきなく宙をさまよい、肩がきゅっと縮こめられてる。


「あの、や、だめ? だよ、ね? やっぱり変、だよね? ワタシね?」


 宮華の挙動をどう解釈したのか、日下さんもすごいテンパりだした。手にしたキャップを目深にかぶり、うつむく。なるほど、あれ失われた髪カーテンの代わりなのか。それでも日下さんがかぶるとオシャレに見える。

 それにしても、テンパっててさえ日下さんの口調は温度が低いというか、どこか平べったくて気だるそうだ。前はドタバタの騒ぎで疲れてたせいだろうと思ってたけど、どうやら普段からこんな感じらしい。


「ちがっ……、ヴっ」


 なんか宮華、一瞬えずかなかったか?


「ごめん。宮華、めちゃくちゃ人見知りなんだ」

「なんでそんなウソつくの」

「いや、一秒でいいから信じる努力してくれよ。そりゃ金曜の感じからは信じられないだろうけど、本当なんだ」


 宮華も顔を土気色にしながらガクガクうなずいてみせる。それから震える指でどうにか輪っかを作り、日下さんに向ける。


「似合ってるってよ」

「嘘だ。本当は似合ってないのに、気を遣って……」

「だからなんでオレの発言は初手ウソ扱いなんだよ!? お前はなぁ、宮華がそんな表面的な社交辞令言うと思うのか? 見ろよ。人見知りのせいですべての状態異常起こしながら必死でいいねしてんだぞ」

「宮華さん。ごめん」


 オレのセリフはナレーション扱いなの? リアクションすると世界観がメタくなるからしない的な!?


 顔面脂汗でぐっしょりさせながら微笑もうとして、見たことない形相になる宮華。これ本当に人見知りなんだろうか。人見知りってこんなことなるか?


「これ以上は宮華が限界迎えるから、今日のところは、な? またあの、気長に少しずつ慣らしていけばそのうち話せるようになると思うから」

「え。でも……」


 なんでそこで渋るの?


「じゃあ、宮華を苦しめてもいいっていうんだな?」

「えっと、イチ……くんが原因だったりは……?」

「しないよ。さっきまで普通だったんだよ。んでオレの名前おぼえてないことについては今日はもういいよ」

「ほん……ごめんなさい。また今度」


 手で口を押えながら宮華が謝ると、さすがに日下さんも納得した。


「ごめん。ホントは私なんかが来て、迷惑だった、でしょ。ごめん。もう、帰る」


 日下さんは落ち込んだ様子で言うと、オレに目を向けた。


「それじゃ、帰る前に、これ」


 日下さんはバッグから一枚の紙を取り出す。


「入部届け?」


 それは郷土史研究会への入部届だった。


「顧問の先生に出して」

「オレが?」

「誰が顧問か知らない」

「帯洲先生だよ」

「関わりない先生とか、会いたくない」


 こいつも人見知り属性か。っていうか、オレに対してはキョドらないのいいけど、やたら当たりが冷たいな。テンションの低い声や喋り方と合わさって、余計そう感じる。そもそも入部届代わりに出しておいてとかありえんだろ。


「イチロ……」


 まだ辛そうにしながら、宮華が手をちょいちょいと動かす。受け取れってジェスチャーみたいだ。


「なんでオレが。だいたい、なんで入部しようなんて思ったんだ」

「仲井真先生に前から部活入れって、勧められてたから。内申点もよくなるって」


 それから黒板へ近づくと、何か書いた。


「こんな感じ」


 そこには“スクーリング→入部→クラス、通常授業復帰→行事参加→卒業”と書かれていた。復帰のためのステップらしい。


「他の部活より知ってる人いるし、楽そうだし」

「けどこの時間、いつもは勉強してるんだろ。大丈夫か」

「平気。居残りで自習してただけ」

「でもな。復帰っていうか学校生活に慣れるためなら、他の部活の方がいいと思うぞ。文化部にしてもブラバンとか美術部とか」

「絶対無理。いきなりは本当に無理」

「うーん。けど、宮華がこんな調子だからなあ」

「イチ、ロ……」


 また宮華がちょいちょい手を動かす。オレはため息をついた。


「じゃあ、とりあえず預かっておくから。でも、保証はしないぞ」

「あの、宮華さん、今日は急にごめん。迷惑だった、よね、じゃあね。気を付けて」


 オレに入部届を渡しながらもなぜか宮華にだけ話しかける日下さん。オレはあれか。存在を認知しちゃいけない何かなのか。

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