第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-11

 土日を挟んで月曜の放課後。オレと宮華は部室で地味に郷土史の本を読んでいた。ときどきヒキコサン探しをしてる生徒たちの賑やかな声が廊下を通りすぎるせいで、部室の中は余計に静かに感じられる。


 けど、オレは自分の本に集中できずにいた。宮華の様子がおかしいのだ。


 なんだか妙にソワソワしてて、そのくせそれを隠そうとしてて、でもポンコツだから溢れ出ちゃう、みたいな。いちおう本を読んでるポーズは取ってるけど、さっきからページをめくる手は止まってる。

 一方、オレも少し緊張していた。ヒキコサンの噂を広めるために、何かロクでもないことをさせられるんじゃないかと警戒していたのだ。

 それがどうやら宮華にも伝わってるらしく、オレたちのあいだには触れなば落ちなん、じゃないな、えっと、なんだっけこういうの? とにかく妙に緊迫した空気が漂ってた。


「なあ。ここにある本、どれも似たような話ばっかなんだが」


 沈黙の重さに耐えきれなくなって、オレはなるべく自然に聞こえるよう言った。とにかく何でもいいから会話することで、空気を変えたかったのだ。


「え!?」


 なんで驚いた?


「いやだから、ここの本、どれも似たような話ばっかだって」

「あ、ああ。まあね。そんなにたいした歴史があるわけじゃないみたいだし。さすがは鶴乃谷。でも、これは面白かった」


 宮華が詰んであった本から一冊を抜き取って差し出してきた。それは本と言うより紙束だった。ボロボロの厚紙で上下から挟んで、紐で綴じてある。

 中は手書きっぽい字で印刷されてて、いきなり本文が始まっている。タイトルや著者名みたいなものはどこにもない。


「見守り隊の歴史を戦中の自警団やそれより前にさかのぼって追ってる本みたいなんだけど、だんだん内容が取り乱した筆者の日記みたいになっていって、変なところで途切れてるの」


 最後のページを見てみると、“ああ! 窓に! 窓に!”とだけ書いてあった。


「なんだか見守り隊の起源を調べてるうちに、知っちゃダメなことを知ってしまったみたいそれがどんな内容なのかは曖昧にほのめかされてるだけだったけど」


 オレはそっと本を閉じた。たしかに面白そうだが、読んじゃいけないと本能が叫んでる。ふと視線を感じて窓の外を見ると、カラスが一羽、飛び去っていくところだった。

 なんなんだいったい。もしかしてここからオレの人生、この本を巡る学園異能力バトルモノにでも墜ちるんじゃないだろうな。


「それにしても、イチロが真面目に郷土史の本を読むなんて、どういう心境の変化?」

「いや、なんとなく」

「ふぅん。まあ、いいけど……」


 そこで口をつぐみ、ちょっとうつむく宮華。おいおいおい。ここがラブコメ的世界だったら間違いなくアレがアレ的な展開になる流れだろここ数分。


「あのっ! あのさ」

「お、おう」

「えっと。うーん」


 え!? ちょ、なに!? まさか本当にマジ告白の流れとか? 心なし宮華の口調、幼くなってないか!? うーん。このところ密着してる時間多かったしなぁ。それでだろうか。それとも、宮華に尽くすオレの姿が心を打ったとか? どんだけ日下さんに蹴られても屈しなかったところとか、オレが女ならかなり好感触だと思う。


「──てる?」


 あ。妄想してて聞き逃した。


「だから。日下さん今日学校来てるか知らない?」


 あ。聞き逃したままでよかったやつだこれ。


「ひょっとして、さっきからそれ気にしてたのか?」


 返事がない。正解だったらしい。一気にテンション下がる。なんだよ思わせぶりに引っ張りやがって。それでソワソワしてたのか。もしこれが小説だったら、ここまでのくだり全部カットされるぞ。


 一瞬でも盛り上がっちゃった自分が恥ずかしい。


「なんでオレが知ってると思うんだ?」

「クラス一緒でしょ」

「そりゃそうだけど、そもそもオレ以外に日下さんがスクーリングしてるって知ってる奴なんていないぞ。先生だって日下さん休んでるってことにしてんのに」

「だから、登校してるかどうか気になったイチロが様子見に行ったりしたかと思ったの」

「行くわけないだろ。それでストーカー扱いされてたんだから。お前の方が日下さんと気が合ってたみたいだし、普通に会いに行けばよかったんじゃないか。いや、今の時間ならまだあの部屋にいるだろ。会ってこいよ」

「え? 無理だけど?」

「いまさら人見知り発揮してんじゃねーよ! この前はあんなに普通に接してたろ!?」

「あれは。ほら。取っ組み合ったりした後だからその場の勢いで……。時間空けて冷静になったらもう無理」


 うーん。初対面なのにやたら話せてたから、おかしいとは思ってたんだよな。よっぽど気が合うのかと思ったら。そっかー。勢いかー。勢いつけたら大丈夫なことあるんだなー。


「あれ? そういえばおまえ、心配しなくても日下さん学校に来るって断言してたよな」

「もちろん。けど、事実確認は大事でしょ」


 捏造ウワサ話を流行らそうとしてる人間が言うと逆に説得力あるな。

 ああ、そうだ。ウワサ話。ここで先手を打っておこう。


「結局、ヒキコサンの話はどうやって広めるんだ? なにか考えてるみたいだったけど、オレは何もしないぞ」

「その様子じゃ、まだってこと? もちろん、イチロは何もしなくていい」

「まだ、って?」


 そのとき、スマホに着信があった。宮璃からのメッセージだ。


“イチ兄の学校で二人のヒキコサンが戦ってたってハナシ、知ってる?”


 添付写真はブレブレで、かろうじて薄暗い場所に背の高い女二人が見分けられる程度のものだった。顔なんかは全然わからない。


“知ってる。その写真も回ってきた”


 そこまで書いて、オレは“その写真も〜”以下を消して送った。安易な嘘をつくと、宮璃は有り得ないタイミングとルートで見破ってくることがある。それでこれまで何度か気まずい思いをしたことがあるので、さすがに学んだ。


 あと聡明なオレなので、これで宮華がどうやって噂を拡散させるつもりなのかたぶん解った気がする(曖昧)。


「いま、宮璃からヒキコサンの話を知ってるかって。つまり、そういうことだろ」

「そ。最初に思ってたのとは違う話になるだろうけど、それはしょうがない。かえってオリジナリティが出そうだし」

「そうだな。ヒキコサン V.S. 口裂け女ってのは映画でもあった気がするけど、ヒキコサン同士の対決だもんなあ」


 他にもホラーキャラの対決モノってわりとあるみたいだけど、同キャラ対決ってのは珍しいんじゃないだろうか。


「私はてっきりあなたが部室に来たとき、もう宮璃から連絡あったじゃないかと思ってたけど……。意外と遅かったじゃない」

「おまえのとこにも宮璃から?」

「お昼休みに」


 なぜかドヤる宮華。と言いつつオレも敗北感を覚えずにはいられない。なぜ宮華とオレとでこんなにタイムラグあるのか。などと小さなことで嫉妬の炎をたぎらせていると、また宮璃から着信があった。


“イチ兄なら誰かから聞いてると思ったよ。お姉ちゃんには私が教えてあげました。ムフゥ”


 そういうことか。誰からも教えてもらえないであろう姉には先に教え、誰かから聞くだろうオレには急いで連絡する必要もない、と。あー。なるほど。なるほどね。これはさすがに宮華には黙っておいてやろう。妹の行動にどういう意図があったのか知ったら、さすがに可哀想だ。


「どうしたのニヤニヤして」

「いや、なんでもない」


 そうそう。せいぜいそうやってオレに冷たい視線を向ければいい。実際に哀れなのはおまえの方だ。あ、でも宮華の冷ややかな目って意外と殺傷力あるな。けっこう辛くなる。


「昔はここまでキモくなかったのに……」

「ギリ聞こえるように呟くのやめてもらえませんか?」

「とにかく。この学校で少しでも噂になれば宮璃の耳に入るし、それが興味深い話なら何もしなくても宮璃経由で拡散してく。これは鶴乃谷の自然な力学現象であって、私たちが宮璃の力を借りてるわけじゃない。でしょ? そしてこれは一番効果的でもある」

「そう、だな」


 宮華の言うことは正しい。正しいけれど、わざわざ”力を借りてるわけじゃない”なんて強調しなくてもいいんじゃないか。

 宮華と宮璃のどっちからも仲悪いなんて聞いたことないけど。やっぱり宮華は宮璃に対してなにか思うところがあるんだろうなぁ。


 そもそもオレは普通に宮璃に全部話して、一緒にやればいいんじゃないかってずっと思ってる。その方がオレの士気が上がるし、目標に向かって努力するオレの姿を自然に宮璃へ見せつけられ、尊敬できる兄は光輝に包まれ高みへと昇るのである。

 ……もうヒキコサンやんなくていいって解放感があるせいか、なんか変なテンションになってるな。

 宮華との密着タイムがなくなったのは惜しいけど、実際アレ相当キツいからなあ。身バレのリスクとか、精神的なプレッシャーもあったし。


「ってことは今後もそういう流れを狙ってくのか」


 少し冷静になるべく、話を進める。


「狙うというより、やっていれば自然とそうなると思う。逆に止めることの方が難しい」

「じゃあ、あとは噂が広がるのを待つだけか」

「そういうこと。第1の不思議について私たちがすることは実質もう終わり」


 そう言う宮華の口調には、どこか諦めたような雰囲気があった。オレは返答に困る。


 誰かがドアをノックした。当然のように宮華は反応しない。ただドアの方を向いて、硬い顔をしている。

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