第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-10
外へ出ると、当然ながら日下さんの姿はなかった。相当ショック受けてたみたいだったけど、無事に帰れたんだろうか。
「日下さん、大丈夫だったかなぁ」
宮華もオレと同じことを思ってたらしい。
「キョドった演技してるときの佐藤二朗みたいになってたけど」
「佐藤……だれ?」
「ほら、幼獣マメシバとか出てた俳優さん」
「知らん」
「勇者ヨシヒコの仏とか」
「あー。あの人か」
「そうそう」
なんとなく、それで会話が終わる。いや、終わっちゃダメだろ。あれ? 終わっていいのか?
宮華は日下さんに服装や髪型を変えてほしかった。そこで写真を撮って、どれだけ目立つ格好してるかを客観的に見せつけた。
そこで初めて自分の外見的ヤバさに気づいて、日下さんは動揺して逃走。シンプルな展開だ。でも、なんか違和感あるんだよなぁ。
少し考えて、その正体に気づく。
「日下さん、自分の格好が目立つって思ってなかったってことだよな。そんなこと、あるのか?」
「あのコ学校出てからずっと、他人の視線を気にして避けようとしてたでしょ。基本は顔を伏せて背中丸めて、なるべく目立たないようにしてたし」
言われて思い返してみたけど、どうだったかよく判らない。
「けど、あの外見じゃ注目集めるだろ」
「だから考えるられることは一つ。自分ではおかしいと思ってなかったってこと」
「そんなことって……」
「京極堂シリーズじゃよくあること」
「いや、オレそれ読んでないし、たしか小説の話だろ」
「人にもよるでしょうけど、長らく引きこもって他人と関わってなければ、多かれ少なかれ視野が狭くなって、自分を客観視するのが難しくなってくるものらしいよ」
「……日下さん、不登校だったのか?」
「ええ。中学1年の途中から。ソースは帯洲先生のSNSの過去ログ。さすがに名前とか個人情報は伏せてあったけど、あの先生いつか情報管理ガバガバの罪で破滅するんじゃない?」
「けど、あの格好で外ウロつくとかなり目立つことくらい」
「日下さんも最初は少し不安に思ったかもしれない。けどたぶん、親や先生はなにも言わなかったはず。せっかく娘が学校へ行く気になったんだから。ヘタなことを言ってヤル気なくさないか怖いだろうし、なによりひきこもりやめるって事実の前じゃ、他のことなんかどうでもよくなるだろうから」
まるで自分も不登校の子を持つ親みたいなことを言う宮華。
「通りすがりの人はチラ見するばかりで何も言わないし、単独時差スクーリングでソロ高校生活だから言ってくれるクラスメイトもできないし、周りの反応で気づくなんてこともない。ま、理由はなんにしても、自分がどれだけ目立つか気づいてなかったってことは確かでしょ」
「それは、そうだな。……あれ? てことはさっきオマエがしたことって、かなり日下さんのためになったんじゃ……?」
オレの言葉に、宮華は少しだけ柔らかな笑みを浮かべてうなずいた。
「まあね。そうだといいけどね。それにマジメな話、日下さんはこんなことくらいで学校来なくなったりしないと思う。社会復帰する覚悟ができたからスクーリング始めたんだろうし。さっきのことくらいで来なくなるなら、私たちがあのコのマネしてるって勘違いした時点でもう来なくなってるはず」
「そう思うと、オレたちの行動って日下さんからしたら本当にエグいよな」
というか、下手したら日下さんが復帰断念してさらに深く狭くひきこもる原因になってたかもしれないのか……。今更ながらに背筋が寒くなる。いやまだ安心はできないけど。
やがて別れ道に来た。オレはまっすぐ。宮華は左だ。
「ヒキコサンになるのもこれで終わりか」
「そういうこと。お疲れさま」
「ああ、そうだな。さすがに疲れたよ」
宮華の肉体を至近で感じたここ数週間ももう終わり。もちろん名残惜しいけれど、いつまでも続かないってのは最初から解っていたことだ。あの苦しみと喜びが渾然一体となった魅惑の時間よさようなら。またいつか必ず会おう。
「それで、どうやってヒキコサンの話を七不思議にするんだ?」
「え?」
「は?」
コイツ、まさかそこ考えてない? そんな馬鹿な。
「だからほら。次はそういう段階だろ?」
「もちろん。ただ、今日はいろいろあって二人とも疲れてるでしょう? だから、そういう話は次の部活以降にあらためて、ね? それに、あれ、ほら。今日のことがあったから計画を少し調整しないと」
あ、これ本当にフワッとしてるヤツだ。途中からイントネーションがボカロみたいになってるし。
どうやってこんな人見知りを擬人化したような女が、噂を広めるなんてことを実現するつもりなのか最初から不思議に思ってたんだけど。
この企画は普通にここで詰みなのか。なるほど。残念だが仕方ない。うん。残念。
「普通にここで企画詰んで終わりとか、思ってないよね?」
オレの心がマルチキャストされている……!?
「大丈夫。ちゃんと考えてあるから」
自信たっぷりで言う宮華に、オレは悪い予感しかしなかった。
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