第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-08
オレは怒れるひきこさんにヤクザキックでボコボコにされた。宮華がどうにかなだめるのに成功してなかったら、危ないところだった。
「とりあえず、こっちに来て」
誘われるがまま、オレたちはひきこさんの部屋へ。
部屋の中は一人分の教室って感じだった。机と椅子がいくつか、棚、ホワイトボード。
明るいところで見るひきこさんはまだちょっと苛立たしげだったけど、やっぱりなかなかの美人だった。下がり気味の目尻には泣きぼくろ。ふっくらした唇やちょっと丸みのある頬がなんだか色っぽい。
「で、どういうこと?」
ひきこさんは机に肘をつき、前髪を掻き上げると気だるそうに尋ねた。
宮華がメイクを手際よく取りながら、すべてを正直に話す。オレたちが誰なのか。郷土史研究会のこと、七不思議作りのこと、ヒキコサンのこと。
「というわけで、私たちはあなたのマネをしたわけじゃない。侮辱するつもりもない」
ひきこさんは大きく息を吐いた。
「まあ、そういうことなら……。私を馬鹿にする気なら、今ウソつく理由ないし。嘘ならもっとマシなのがある」
「納得してもらえて何より……ああ、日下さん」
宮華はさり気なくその名字を口にした。
「おまえも気づいてたのか!?」
「まあね。二度目に会ったとき、おかしいと思ったの。本当に勝手に侵入した不審者なら、短期間に同じあたりでまた会えたのは不自然でしょ? それに、あのときの反応は私たちが彼女のことを知ってると思ってなければ、出てこないはず」
そうか。あのときひきこさん改め日下さんは“オレたちが自分のことを知ってる”ってこと自体に驚いたりした様子じゃなかった。そうじゃなくて“自分のこと知ってる生徒が、自分をバカにしに来た”って思ってたのか。
「それなら彼女が学校関係者だって考えるのが自然じゃない? で、学内で見たことがないって言い切れる同年代の女子なんて日下雪子さんしかいない。そういうこと。たぶん日下さんは不登校なんかじゃなくて、ここでスクーリングを受けてるんでしょ?」
宮華は確かめるように日下さんを見た。日下さんは軽くうなずく。
そのとき誰かがドアをノックし、鍵を開けた。
「大丈夫か? あ……」
顔を出したのは警備員だった。オレたちが三人でいるのを見て一瞬驚いた顔をしてたけど、そのことについては触れなかった。
「もう遅いから、三人とも帰りなさい」
時計を見るともう20時を過ぎてる。オレたちは日下さんの帰り支度を待つと一緒に部室へ荷物を取りに行き、三人そろって下校。駅前にあるファミレスに寄った。オレと宮華が隣同士、日下さんが向かいに座る。
「それで、イチロはなんで日下さんだって気づいたわけ?」
「それは、その……だいたいは宮華と同じような考えで、ただ……」
「ただ?」
オレは少し迷ってから、正直に話すことにした。
「日下さんがあの部屋に入るのを見たから、学校の人間だろうって」
最低限のことだけを言う。けれど、宮華はさすがに甘くなかった。
「それはいつ? 偶然なの?」
「……おまえが部活休んでた間に。偶然っちゃ偶然だけど」
「私に内緒で日下さんに会おうとしたってこと? それでストーカーになった、と」
宮華の声が冷たくなる。
「ストーカーじゃないって」
「イチロ。裏切り者の言葉を信じることはできない。それにストーカーは普通、自分がストーカーだって認めないから」
日下さんもうなずいてる。
「黙って会おうとしたことは謝る。けど、オレは日下さんに話したいことがあって、それで一生懸命になりすぎて……」
「ストーカーになる。そう思ってなるストーカーはいない。それに、私に話したいことって何?」
日下さんに尋ねられ、オレは目をそらした。急に恥ずかしくなったのだ。
「それは……その……」
「なに言われても絶対断るけど」
「なんで告白前提なんだよ! そうじゃない。……謝りたかったんだ」
「「謝る?」」
日下さんと宮華が同時に言う。
「ああ、そうだよ。オレたち、わざとじゃないにしても日下さんを苦しめたわけだから、それで……」
「それで自分のちっぽけで薄っぺらな良心を満足させるために私を裏切って計画を危険にさらし、日下さんを怯えさせただけで目的は果たせず、私が戻ったら何食わぬ顔で手伝いに戻った。そういうこと?」
「まあ、結果的にそういうふうにも見える形になったけど」
宮華と日下さんは視線を交わし、揃って呆れ顔になった。
「悪いと思ってくれたこと。それはいい。怖がらせたことは許す。けど、ああいうやり方はない。ダメ。ドン引き」
「私に黙ってた。悪いと思ってたのに何も言わずに手伝った。言い逃れの余地なくアウト」
二人から厳しいご意見が寄せられているが、オレは言い返せない。
「あなたなんだってそう……場当たり的で流されやすいの?」
そう。オレは流されやすい。相手に、空気に、自分に。けど、なにも考えてないわけじゃない。
「おまえを手伝いたい。初めての七不思議作りを成功させたい。それは本当だ。けど、日下さんにも悪いことしたと思った。どっちの気持ちが強いとか、そういうことじゃないんだ」
オレは小さいときから、割り切るってことが苦手だった。現実世界は複雑で、見方を変えれば同じものがまるで違って見える。なにが正しいとか、いいとか、そんなのはいくらでも逆転する。
だからオレは何を選んでも迷うし、悩む。違う立場から物事が見えると、それに納得してしまうことも多い。
「オレは、どうしたらよかったんだ? お前がオレなら、どうしてたんだ?」
「もし私が間違ってると思うなら、止めればよかったじゃない」
「けど、それでおまえは納得したか? したとしてもそれじゃ、おまえのやりたかったことはできなくなる。だろ?」
「そんなことない。私は自分の作った七不思議が残ればいいんだから。あの段階でやめたって、それで失敗するとは限らないでしょ?」
「成功するとも限らない。もし失敗したらおまえはヒキコサンの格好するのやめなきゃよかったって、絶対に後悔しないか?」
「それは……しないとは言い切れないけど。でも納得するってそういうことでしょ?」
「それじゃ駄目なんだ。言っただろ? オレはおまえを手伝いたいって思ってる。なるべくなら後悔なんてさせたくない。けど、日下さんを苦しめたくもない」
オレは日下さんを見た。日下さんは机に頬杖をついて、オレたちの会話を眺めてる。
「だから日下さんに謝って、事情を話して、それでどうすればいいか一緒に考えたかったんだ。もしかしたら、事情を知れば、それなら問題ないって言ってくれたかもしれない。続けてもいいけど、見えないところでやってくれって言われたかもしれない。それともオレたちのやろうとしてること自体をやめて欲しがるかもしれない。そのあたりを見極めて、そのうえで一緒に考えたかったんだ。おまえが戻ったら、おまえも入れて。それなら日下さんは嫌な思いをしないで済むし、失敗してもおまえは後悔しないんじゃないか、って」
オレは一気にそこまで言うと、コーラを飲み干した。宮華と日下さんは、なぜか驚いてた。
「なんだよ?」
「いや。イチロがそこまで考えてくれてたなんて、少し意外で。まあ、結果はなにひとつ伴ってないけど」
「ただのストーカっぽいやつだと思ってた。なのにそんな真面目で、青臭くて。驚いた。行動だけ見てると主体性ないクズなのに。あ、でも、ただの八方美人?」
はい。二人がオレのことどう思ってるかがよく解るコメントでしたね。
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