第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-07
宮華を見てオレは一瞬、勝手にひきこさんに会おうとしたことを気まずく思った。けど、考えてみれば会えなかったわけだし、話もできてないし。じゃあ気にすることないかというと、うーん。
「ついに完成!」
宮華はそんなオレのモヤモヤには気づかず、自慢げに床に置かれたものを指した。
「これが強化外骨格、なのか?」
確かにまあ、ガラクタには見えない。
それは全部で三つあった。最初の二つは平たいアルミの角材を米の字のように組んだもの。線の交点が一つは右、もう一つは左に寄ってて、その交点の上にベルトがついてる。
もう一つはアルミのパイプで、キの字を縦に二つつなげたような形。縦の棒が途中で緩く段になってる。こちらもストラップがいくつかついてた。
「まずアルミの板に乗って、ベルトで靴を固定して」
言われたとおりにする。雪の日に昔の人が履いてたあれ、カンジキだっけ? それみたいな感じだ。
「前後左右に倒れようとしてみてちょうだい」
オレは言われたとおりにするが、八方に伸びた部分に支えられて倒れない。
「次はこのアルミの方」
宮華はオレの後ろに回ると、アルミのフレームを背中に当てる。オレはストラップを腰と肩で留めた。肩の方はちゃんと胸前でクロスさせるようになってた。
「じゃあ、しゃがんで」
オレがしゃがむと、宮華はその肩に。一週間ぶりの重みと感触だ。
「立って」
オレが立ち上がると、宮華は自分もストラップでアルミフレームに体を固定した。
それから慎重に体を後ろへ倒そうとする。
「おお!」
フレームが後ろから俺を押す。けれど足のパーツに支えられ、俺の体は倒れない。
宮華は前と左右にも体を倒そうとした。大丈夫だ。
「次は歩いてみて」
オレはそろそろと歩いてみる。中心が左右にズラしてあるから、内側でぶつかる心配はなさそうだ。
「よし、止まって。問題なさそうだけど。どう? これこそ安定性強化外骨格。組み立て分解も簡単」
「おまえが作ったのか?」
「もちろん」
ストラップを外しながら事も無げに答える宮華。
「なんていうか、すごいな……。そこまでやる執念が」
これはひきこさんを捕まえるとき押されたりしても、倒れないためのものだ。つまりどうしてもこの肩車状態で勝利したいってことで、それはどういう情熱なんだ。サッパリ解らん。
そんなわけでオレたちは細長いバッグ二つに分解した新装備を詰め込んで4号館2階へ。まだ5月の終わりだというのに連日雨で、本当はもう梅雨入りしてんじゃないかって気がする。
校内をうろついてる生徒の数はいつも以上に多め。この一週間は出没してなかったから、なおさら見つけようとしてるんだろうか。会えない時間が会いたい気持ちを育てる、とかなんとか。
「おい。どうすんだよ。これじゃ他の奴に見つかるぞ。今までより動きにくいし」
「まあね。ここまで増えてるとは予想外だった。みんな暇なの?」
本日のお前が言うなワードいただきました。
「仕方ない。閉門時間ギリギリを攻めて一人で残ってる生徒を狙うってことで」
そんなわけでオレたちはもう少し時間を潰して、けっきょく着替えたのは閉門時間を告げるチャイムが鳴り終え、しばらくしてからのことになった。だってみんな、なかなか帰らねぇんだもん。
ひと気の絶えた校内をオレたちはこれまでになくゆっくり歩く。裏にゴム素材が貼ってあるから、足音はほとんどしない。ホント、無駄に良くできてんなぁ。
オレはジワジワと、あの部屋目指して進んでいく。特にどこへ行けとか言われてないけど、たぶんまだアイツはあそこにいるはずだから。
しばらくして、廊下の向こうから足音が近づいてきた。そして、ひきこさんが姿を現す。
ひきこさんはすぐオレたちに気がついた。足を止め、正面になるよう向き直る。
そしてやたら大きな両手を握りしめて拳を作り、真っ直ぐこちらを見据える。
宮華の意気が、覇気が、闘気が、フトモモから伝わってくる。
ひきこさんがこちらへ走ってきた。迎え撃つように宮華が構える。
ひきこさんがすぐ近くまでやって来る。平手打ちをするつもりなのか、手を開いて振りかぶってる。さらに接近。オレの視界からはもう、腹のあたりしか見えない。
右からの力。宮華が短く息を吐く音。どうやら相手の右手首か腕を捕まえたらしい。ものすごい力で揺さぶられてる。
さらに左からも力が来る。こちらも宮華は押さえたらしい。
オレの頭上で力比べが続く。二人の女の息づかい。相手が身体能力の高い宮華に抵抗できてるのは、体格差からくる筋肉量の違いとかなんだろうか。
「なんで。なんでそうまでして……。そんなに私がキモいって、醜いって言いたいの?」
ひきこさんの声だ。押し殺した調子に、濃い怒りがにじんでる。
「その自意識過剰はなに? 私はヒキコサンの格好をしてるだけ。似てるって言うんなら、それはあなたが自分でそう思ってるだけでしょ? だいたい私の傑作メイクがあなたのその平凡な姿に似てるなんて、侮辱しないで。この不審者」
なんで挑発するんだおまえは。普通そこは自分の行動が彼女を傷つけてるって自覚して、動揺するなりやましくなるところだろ?
「バッ、バカにして……!」
ほら怒っ……。
「ガッ!? つぅ……」
オレは悲鳴を上げそうになって必死で耐えた。ひきこさんがスカートめがけて蹴りを放ってきたのだ。当然それを喰らうのはオレ。
ひきこさん全力キックのラッシュ。それでも宮華が平気そうにしてるから、蹴りはますます激しくなる。
ヤバい。スゲぇ痛い。当たってるのはスネよりふくらはぎやフトモモがメインだからどうにか耐えられてるけど、倒れないってことは倒れられないってことで、それはこの、地獄の責め苦から自由になれないって意味だ。一方の宮華はノーダメージなので、いっそ殺意が湧く。
とうとう耐えられなくなって、もうしゃがんじまおうかと思ったそのとき。
「うわ! 居た! って、二人!?」
廊下の向こうから驚いたような声。
「マジだ! スゲぇ! 戦ってんじゃねぇのあれ?」
「ホントだ! え? どういうこと?」
それから緊張感のないシャッター音がいくつも。閉門時間無視で残ってた奴らがいたらしい。
ひきこさんのキックがやんだ。宮華も体をひねって後ろを見てるようだ。
「うわ、振り返った方の顔ヤバくね?」
「ちょっと、もう行こうよ」
少し怯えた女子の声。
「「見てんじゃねぇ!」」
宮華とひきこさんの声がハモる。そしてひきこさんは宮華の手を振りほどくと生徒たちに向かってダッシュ。
「うわぁっ!」
悲鳴を上げて逃げていく足音と、それを追う足音。
オレはゆっくりしゃがんだ。宮華がストラップを外して肩から降りる。オレはそれを待って、尻を床につけて座り込んだ。
宮華が移動して、オレはスカートから出る。ズボンをまくると、脚があちこち内出血してた。
「ヒドい……。大丈夫?」
宮華はオレのアザだらけになった脚を見て顔をしかめた。オレは痛みに歯を食いしばりながら、どうにか言葉を絞りだす。
「骨だけは、な」
尾てい骨のことといい、我ながら自分の骨はチタン製なんじゃないかと思う。
宮華は手際よくリュックとアルミ外骨格を外してくれた。オレは呻きながら寝転がる。
しばらくすると、足音も荒くひきこさんが戻ってきた。オレたちを見て立ち止まる。いや、違う。オレを見てるんだ。
「あんた、ストーカーの……」
「ストーカー?」
宮華がいぶかしげな声をあげた。オレは慌てて体を起こす。
「いやその、違うんだ」
宮華とひきこさん、どっちに言ってるのか自分でもよく解らない。
「ひっとっがっ、どれだけコワイ思いしたと思ってっ」
言いながらこちらへ向かって走りだすひきこさん。なんでこの人は基本がダッシュなんでしょう。
「待ってくれ! 違うんだ! オレは話したいことがあって!」
待ってくれなかった。
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