第1の不思議︰ヒキコサンvsひきこさん-06
翌日から宮華は部活を休んだ。オレは律儀に部室へ行くと、本を読んだりスマホいじったり、ダラダラと過ごしていた。
そうしていると何度か、廊下を歩く生徒の足音や話し声が聞こえた。みんなヒキコサンを探してるみたいだった。
「ご苦労なこった」
誰にともなく言って、スッキリしない気分になる。
ヒキコサン探しをしてる奴らはみんな、面白がってるだけだ。本当に会えるなんて期待してるヤツはいないだろう。いくら友達が見たと言っても、都市伝説系の噂話なんてそんなもんだ。
だいたい出会ったらどうするつもりなんだろう。ヤベェとかスゲぇとか言いながらスマホで写真や動画を撮って、それで……。走って逃げるとか? それからさっき見たことを興奮しながら喋りあって盛り上がる。ネットに晒す。
それともただ単に、恐怖に駆られて逃げ出すんだろうか?
ヒキコサンには悲惨な背景がある。都市伝説だからいくつものバリエーションがあるけど、その多くはイジメや虐待が関係してる。
あんまり気分のいい話じゃないし、ヒキコサンがやたら暴力的になったのも無理はないと思う。
ヒキコサンを見に来た奴らはそのことを知ってるんだろうか。たぶん、知ってるんだろう。けど、身も蓋もなく言ってしまえばそれはしょせん作り話。だからネタにできる。だから不謹慎じゃない。ま、オレが言うなって話だけど。
でも、そう。その辺りにオレの気分が晴れない原因がある。オレの理性を狂わせる宮華の魔性の股下がない今なら解る。って、どんだけ魅了されてんだオレは。いやまあ、一度でもアレを経験したことのある童貞高校生なら百パー同意してくれるはずなんだけど。
それはさておき。ふと思う。もし今オレが閉門時間後に校舎を探したら、ひきこさんに会えるんだろうか、と。
たぶん会えるだろう。今日は無理でも明日、それが無理でも明後日。
で、会ってどうするのか。スマホで写真や動画を撮って逃げ出すか? それともただビビって逃げ出すか。そうじゃない。やりたいことがある。
でもそれは、宮華を裏切ることになりかねない。そこまで義理立てするような仲じゃないけど、失ってもまだたいして惜しくはないけど、でも、宮璃のことを抜きにしても、あれだけ一生懸命になってる宮華を今さら裏切るのは、それはそれで心苦しい。
ぐるぐる考え込んでると、廊下から女子たちの楽しげな笑い声が聴こえた。自分たちのしてることになんの疑問もない笑い声。
──宮華、悪い。
オレは心の中で宮華に謝ると、閉門時間が近づくのを待った。
閉門時間が過ぎた。ギリギリまで粘ってる生徒の数が明らかに増えてるが、さすがにみんな閉門を告げる音楽が鳴りはじめると慌ただしく帰って行った。
オレは前回、前々回とひきこさんに遭遇したあたりの空き教室で、ドアの後ろに身を潜めていた。無人の広い建物内はひどく静かだった。
やがて、足音が聞こえてきた。オレはそっと廊下に出る。
ひきこさんはかなり周囲を警戒しながら現れた。すぐオレに気づく。
彼女はオレを見ると驚いたように足を止め、やがて顔をそむけると、足早にもと来た方へと戻っていった。その足音は途中から走るものに変わり、どこか遠くの方から小さく、ドアを開け閉めする音が響いてきた。
さらにその翌日。オレは再び4号校舎の2階に来ていた。昨日、ドアの音がした辺りを探してみて、多分これだろうってのも見つけてある。
それは窓のない、普通のドアだった。1号校舎では複合機や紙なんかが置いてあって、印刷室として使われてる部屋だ。
オレは少し離れた教室に隠れて待つ。やがて、ドアが開いた。驚かさないよう、ゆっくり教室を出る。
「あの、話したいこ──」
ひきこさんはオレを見るや慌ててドアを開けた。
「だ、誰!? 警備員、呼ぶか──」
言い終わるのを待たずにドアが閉まる。
「なあ、おい。話があるんだ。開けてくれ」
ドアノブをガチャガチャやるけど鍵がかかってる。金属のドアを叩いてみても、反応はない。
っていうか、警備員呼ぶって……ヤバい。オレはダッシュでその場を走り去った。
三日目。オレはこれまでの反省を活かして、メモを書くことにした。
“昨日、一昨日と驚かせてすみません。話したいことがあるのでドアの鍵を開けておいてください。閉門時間が過ぎたら行きます”
万が一他の生徒に回収されたらマズいので、自分のことや“ヒキコサン”のことは書けなかった。オレは閉門時間の少し前に、昨日のドアのところへ二つ折りにしたメモを貼った。
それからまた隠れて待つ。今日は姿を見せず、メモが回収されたことを確認だけして帰った。
そして翌日。ドアの鍵は開いてなかった。週末挟んで月曜も。あれぇ?
そして火曜から木曜までが無駄に過ぎて金曜日。部室へ行くと宮華が来ていた。
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