だいじょう部

タマゴあたま

第1話 だいじょう部

「ひゃあああああーー!」


 叫びながら廊下を走る。ひたすら、ただひたすら逃げる。


「待てコラー! 逃げるなーー!」


 あの人が、ひたすら、ただひたすら追ってくる。何故逃げているかって?

 だって、あの人の手にはフリッフリのワンピースがかかげられているから。ムリ、あんなの絶っ対に似合わない。絶対に。


「ほらほらヒカリちゃんこれ絶対似合うってー」

「ヤダヤダ、ヤダあーー! だってぼくだよーーっ!?」


 そうなのだ、ぼく——中村なかむらひかり——はれっきとした高校一年の男の子なのだ。


「知ってるよ。だからおもしろいんじゃん?」


 ダメだ。マヤ――たちばな真矢まや――ちゃんは全然わかってなかった。


「ほらだって、ヒカリちゃん顔可愛いし、ちっちゃいし、童顔だし」

「今は性別の話をしてるの!」

「まあまあ、いーじゃん。着てみなよー?」


 廊下を走るのも疲れてきた。そう思った時、視界の隅に救世主が!


「ナギトくん、たすけてーーっ!」


 ほとんど泣きながらナギト――深海ふかみ凪人なぎと――くんのすらっとした背中の後ろに隠れる。


「えー、隠れるのナシだよー」


 ほっぺを軽く膨らませながら、マヤちゃんは言う。


「マヤ、ほどほどにしろよ」


 ナギトくんが眼鏡を押し上げながら呆れたように言う。


「でも、可愛いよー、ねーリサ?」


 ん? なんでリサ――高橋たかはし理咲りさ――ちゃんの名前がでてくるの?


「は……はい、とっても……かわいい……と思いますよ、マヤさん」


 えぇっ! マヤちゃんの隣にリサちゃんがいた! 息を弾ませてるから一緒に走ってたのかな……? じゃなくて!


「えっと、リサちゃんもぼくの……女装に賛成なの?」


 おそるおそる聞いてみると、


「はい」


 即答だった! にこにこしながら即答した!


「ナギトくん、どうしようー? どうしたらいい?」

「よし、ここは…………諦めろ」

「諦めちゃうの!?」

「どうしたの?」


 ぼくたちの騒ぎを聞きつけたのか、アカリ――池谷いけやあかり――ちゃんがやってきた。アカリちゃんは、ぼくと同じくらい背が低い。もしかしてぼくより小さいかも?


「アカリちゃん、ぼく女の子にされちゃう!」

「……いいと、思う」


 アカリちゃんがぽそっと言う。

 賛成三、反対一、諦め一


「これで決まりだねー」


 マヤちゃんがにやにやしている。リサちゃんなんて目が輝いてる。ナギトくんは目を伏せちゃってるし、アカリちゃんはあまり興味なさそう。

 もうダメだ、これ。ぼくは仕方なく両手をあげた。ホールドアップだ。ぼくは、マヤちゃんたちの着せ替え人形になることが確定した。

 ぼくたちは部室へと向かった。


『だいじょう部』


 これがぼくたちの部活。その名前から、何がだいじょうぶなのか全くわかんないし、何故こんな部活が成立しているかは深く考えない。

 部室の造りは至ってシンプル。広い。それだけ。元々は多目的室だったみたいだけど。

 何もなかったから、それぞれ勝手に私物を持ち込んでいる。


「さーて、今日はどれにしよっかなー?」


 マヤちゃんがうきうきしながらクローゼットを開ける。そこには女の子らしい服がずらり。メイド服やチャイナ服なんてのもある。

 もちろんぼく用。アカリちゃんだったら似合うかもとか、そんな現実逃避をしてる間に着せ替えの服が決まったらしい。一着目はあのフリフリのワンピースだった。しぶしぶ着ると、


「きゃーーっ! カワイーー! ねぇ、写真撮っていい?撮るからねー!」


 言うが早いか、マヤちゃんがケータイを取り出して写真を撮り始める。いいって言ってないのに。リサちゃんもデジカメを手にしてシャッターを押して押しまくっている。


「今度は、コレっ!」


 セーラー服だった。ていうか、


「これ、うちの制服だよね? こんなのまで買ったの?」

「んー? それはねぇー? アカリちゃん?」


 マヤちゃんは何故かアカリちゃんに声をかける。服の担当ってマヤちゃんじゃなかったっけ? アカリちゃんのほうを見ると、ジャージ姿のアカリちゃんがいた。……ってことは、これ、アカリちゃんの? 脱ぎたて!? いや、まさかね……。でも、ほんのり温かい気がしなくもない……?


「早く着なよー。あ、もしかしてヘンな想像してた? ヒカリちゃん? アカリちゃんの着替えシーンとかー? ヒカリちゃんのエッチー」


 マヤちゃんがそんなこと言うから余計意識しちゃうじゃん! ドキドキしている心臓を抑えつつ、着てみると、

 あれ? なんかちょっと似合うかも? ぼく、男の子なのになー?


「あーっ! ヒカリちゃんが今似合うってー! 自分で言ったー! ねぇ聞いた、みんな? 聞いたよね? あははははーっ!」


 え? え? もしかして、声に出てた? リサちゃんは固まってるし、アカリちゃんは口をぽかんと開けて、ナギトくんは肩を震わせている。


「ひー、あははっ、おもしろかったー。これじゃほんとにヒカリ“ちゃん”だねー。じゃあ最後はこれ! メイド服!」


 やっぱりきましたか……。セーラー服はきちんとアカリちゃんにお返しして、ごそごそとメイド服を着ると、


「ヒカリさん、ヒカリさん、くるりんって一回転してください! 一回転!!」


 今度はリサちゃんが興奮してる。

 くるんと回ると、スカートがふわっと広がる。なんか変な感じ。リサちゃんがシャッターを連打してる。そんなにすごいの? まわるのって? パシャっと、デジカメと違うシャッター音がした。音のしたほうを見てみるとナギトくんが、しまった、みたいな顔してた。もしかして……今写真撮ったのって、ナギトくん?


「いつもは音鳴らないようにしてたのに……」


 ってことは……つまり……そういうことだよね?


「ナギトくんの裏切りものーっっ!!」


 ナギトくんひどい……。味方だと思ってたのに……。


「あーあ、バレちゃったかー」

「失敗ですねー。ナギトさん」

「バレたの?」

「すまん……」


 あれ? マヤちゃんもリサちゃんもアカリちゃんもみんな知ってたっぽい?

 みんなで同盟組んでたのー!?

 部室では、驚くぼくをそっちのけてぼくの写真の品評会が行われていた。いつもは参加していなかったナギトくんもいた。少しがっかりしたけど、ナギトくんの嬉しそうな顔を見てたら、そんなのどうでもよくなってきた。……いいのかなあ?

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