第19話 初めまして?

「ただいまー。――ってあれ? お客さん?」

「初めまして。中村輝なかむらひかると言います。ヒカリ君に用事があってここに来たのですが、ヒカリ君も用事があるとかでどこかに行ってしまいました。だからヒカリ君が帰ってくるまで待たせてもらっていたんです」

「そうなんだー。ん? 中村って、ヒカリちゃんと同じ苗字?」

「ええ。ヒカリ君とは親戚同士なんです。だいじょう部のみなさんとはクラスが違いますけど。みなさんのことはヒカリ君からよく聞いています」

「へー。知らなかったよ。そういえば、どことなく顔とかの雰囲気が似てるかも! よろしくねー」

「よろしくお願いします」


 似てるなんてもんじゃない。なんだから。


 そう。中村輝は、ぼくが女装した姿だ。中村輝なんて人物は存在しない。女装しているのはマヤちゃんたちをぎゃふんと言わせるためだ。

 ウィッグのおかげで今はロングヘアーになっている。ウィッグや女子用の制服は以前使ったものが部室にあった。

 実は少しメイクもしている。演劇部の人にしてもらった。面白そうだと言って、快く手伝ってくれたし、伊達メガネまで貸してくれた。メイクが終わってから勧誘されたけど、お断りしておいた。


「親戚ってことは、昔のヒカリちゃんのこと知っているんだよね? どんな感じだったの?」


 マヤちゃんが興味津々で聞いてくる。どうやらバレていないようだ。でも、どう答えよう? 嘘を言うわけにもいかないし……。


「小さい頃に、大きな犬に吠えられて泣いたことがあるんですよ。ちゃんとリードも繋いであったのに」

「いかにもヒカリちゃんらしいねー。他には?」

「そうですね。お店の前とかに、たぬきの置物があったりしますよね? あれが不気味だって怖がってました」

「怖がってばかりだね。ヒカリちゃん」

「そうですね」


 まずい。このままだとぼくの恥ずかしい過去の暴露大会になってしまう。


「だいじょう部でのヒカリ君はどんな感じなんですか?」


 これでマヤちゃんの本音が聞けるぞ。


「うーんとね。かわいいよ」

「かわいい?」


 思わず聞き返してしまった。


「うん。椅子にちょこんと座っている様子とか、高いところにあるものを取ろうとして一生懸命背伸びしてるとことか」


「ただいまです」

「ただいま」

「……ただいま」


 リサちゃん、アカリちゃん、ナギトくんが部室にやってきた。


「あら、見慣れない方ですね」

「来客なんて珍しいわね」

「だな」


 この三人にもバレてはいないみたい。


「こっちは中村輝ちゃん。ヒカリちゃんの親戚なんだってー」

「そうなんですね」

「ヒカリの親戚が同じ学校にいるなんて知らなかったわ」

「俺も初耳だ」


「よ、よろしくお願いします」


「今ね、ヒカリちゃんの話をしてたんだよ。ナギトたちも話さない? ちょうど本人いないし」


 目の前に本人いますけどね。


「みなさんの、ヒカリ君に対する印象を教えてもらってもいいですか?」

「はい。じゃあ、わたしから」


 リサちゃんが手を挙げる。


「第一に可愛いことですね」

「リサさんもですか」

「え?」


 リサちゃんがきょとんとする。


「さっき私もヒカリちゃんのことかわいいって言ったんだよ」

「そうなんですね。実際、ヒカリさんは可愛いですよね?」


 そう言ってリサちゃんはアカリちゃんとナギトくんのほうを見る。

 アカリちゃんはコクコクと頷き、ナギトくんは深々と頷いている。え? そうなの?


「可愛いと言えば、女装もしてたわね。ちょうど今のあなたみたいな感じだったわ」


 アカリちゃんがじーっと見つめてくる。ちょっと恥ずかしい。


「ヒカリはね、女装するとそこらの女子より可愛いの。私たちなんか軽く超えちゃうのよ。嫉妬するくらいに」


 他の三人がうんうんと頷いている。ナギトくん、そこで頷くと怒られちゃうよ。


「なんで、ナギトまで頷いてんの? 怒るよ」


 ほら。


「でも、本人は男らしくありたいみたいですよ。この前『イケてる男になるには』って本を読んでましたよ」

「ああ、体育の授業の時にやたらと筋トレのこと聞いていたのはそのせいか」


 ナギトくんが納得した表情を浮かべる。――ってか色々とバレてる!


「それだけ努力しているってことは、少しは男らしくなったんじゃないですか? ヒカリ君」

「いや、そんなこと無いと思うよ」

「一生懸命なところがまた可愛くて」

「変化なし」

「少し筋肉がついてきたって言ってたな。外見じゃよく分からんが」


 そうなんだ……。


「あれ? なんでヒカルちゃんが落ち込んでいるの?」

「なんだか、かわいそうだなあって思って」

「でも、自分を変えようとして努力してるのはカッコいいと思うな。まあ、私は今のままのヒカリちゃんで良いと思うけどね」

「なかなかできることじゃないですからね。ダイエットとかだってすぐ失敗しちゃいますし」

「何? リサ、ダイエットしてたの?」

「ええ、少し体重が増えちゃって」

「いやー、リサの場合は太ったんじゃないと思うけどなー」


 そう言うマヤちゃんの目線が少し下がる。


「ヒカリは努力家だから」

「そうだな。諦めずに頑張れるってのもすごいことだよな」

「ありがとうございます」

「なんでヒカルちゃんがお礼を言うの?」

「嬉しいんです。こんな素敵な人たちに囲まれて、ヒカリ君は幸せだろうなって」

「ねえ、この子なでていいかな? なでちゃう!」


 そう言うとマヤちゃんはぼくに抱きついて、頭をなでてきた。

 この柔らかさ、前にも感じたことあるような……。

 でも、そんなになでると――


「わー! 髪の毛めっちゃ抜けたー! 私がなですぎたから? どうしよう? どうすれば……?」


 マヤちゃんが涙目になってる。その手には頭に付けていたはずのウィッグが。


「マヤさん、落ち着いてください! それウィッグです!」

「でもなんでウィッグなんか」

「もしかして、ヒカリか?」


 みんなが一斉にこっちを向く。もうどうしようもない。


「はい……。中村光です。中村輝なんて子はいません。だましてごめんね? みんなをびっくりさせたくて」

「えー! 全然気づかなかった! じゃあ、今までの会話ぜんぶ聞いてたってことだよね? 恥ずかしいー!」


 マヤちゃんが顔を手で覆う。


「ごめんね、マヤちゃん」

「なんてね。引っかかった?」


 マヤちゃんはけろっとしている。


「全部本心だしね。ちょっと恥ずかしいけど。そんなことより! ヒカリちゃんが女装してるんだよ! しかも、自発的に! ヒカリちゃん、やっぱり目覚めちゃった?」

「そんなんじゃない!」

「それとさ、そのメイク誰がしたの? まさか自分で?」

「いや、演劇部の人にしてもらったよ」

「あとでメイク術聞かなくっちゃ!」


 女の子たちの目がキラキラしてる。うん、オシャレは大事だもんね。

 この後は演劇部に行って、メイク講座と写真撮影会となった。


 後日、演劇部に超絶美少女がいるとのうわさが流れた。ぼくのことじゃないよね……。

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