第18話 身長

「ただいま……」


 ナギトくんが部室に入ってくる。

 だけど、その表情はどこか暗い。どうしたんだろう?


「ナギト、暗いねー。何かあった?」


 マヤちゃんも同じことを思っていたみたい。


「ああ。さっき廊下で女子とすれ違ったんだが、なぜか怯えたような表情をされてな……」


 ナギトくんがため息をつきながら言う。


「ナギトくん、クールだとは思うけど怖がられるような顔じゃないと思うよ?」

「励ましてくれてありがとうな。ヒカリ」

「ナギトは背が高いから、とかじゃなくて?」


 アカリちゃんが言う。けれど、その言葉には少しトゲがあるような……?


「やっぱりそうなのか……」


 ん? やっぱり?


「知らない人から見降ろされるのって、結構怖いものよ」


 それ、すっごくわかる!


「ヒカリさん、必死にうなずいてますねー。かわいいですねー」

「ナギトさー、なんか考え事でもしてたんじゃないの? それも結構真剣に」


 マヤちゃんが読んでいる雑誌から目も上げずに、さらっと言う。


「そういえば、確かにしてたな。でも、なんでそんなことがわかるんだ?」


 ナギトくんが驚く。どうやら合ってたみたい。でも、考え事とどう関係があるんだろう?


「なんでって、そりゃ、考え事をしている時のナギトの顔ってしかめっ面じゃん」


 当たり前でしょと言わんばかりの口調だった。


「ええっ! そうだったのか!? 全然気が付かなかった……」

「自分の顔なんてなかなか見ないだろうからねー。何についてそんなに悩んでたのさ?」

「それが、身長のことでな……。この前、迷子らしい子供に声をかけたら、泣きだされてしまってな。背が高いことが原因だったんじゃないかって思ってさ。ヒカリやマヤたちだったら、こうはならなかったのかなって……」


 ナギトくんの周りがだんだん暗くなっていくような……。


「で、でもさ、その子も不安だったから泣いちゃったのかもよ?」

「そうよ。高身長なんてメリットしかないじゃない」


 アカリちゃん、言ってることは良いことなのに目が怖いよ。


「背が高いと色んなとこに頭ぶつけるし、映画館とかで後ろの人の邪魔になってないかハラハラするから観る時はいつも後ろなんだよ。ほんとは真ん中の席で見たいのに……」

「ナギトさんも意外に悩んでたんですねー」


 リサちゃんが感心してる。ナギトくんだって人間だよ?


「それになあ、小さいってのはそれだけで正義なんだよ! マスコットみたいでさー。俺も小さかったらよかったな……」


 ナギトくんがいつになく感情的だ。見ててちょっと面白い。でも、マスコット扱いも疲れるよ。


「――それは困る!」


 マヤちゃんが突然立ち上がる。


「うわ、びっくりした! どうしたの? マヤちゃん?」

「なんでお前が困るんだ?」

「それは、その……、彼氏は背の高いほうが良いというか、キスする時に背伸びするのが憧れというか、なんというか……」

「それはマヤの彼氏の話だろ? なんで俺が出てくるんだ? 変な奴だなー。はっはっは!」


 目の焦点があってない気がするけど、ナギトくん大丈夫かな? 


「ナギトくんが笑うからマヤちゃんが泣きそうになってるよ!」


 マヤちゃんは目に涙を浮かべている。

 アカリちゃんなんて深いため息をついている。ほらー! ナギトくんのせいだよ!


「(この鈍感野郎が。)まあ、ナギトさんは『小さいことが正義』って言ってたでしょう? これは、ナギトさんに比べて背の低い人のほうが多いということで、良いことなんじゃないでしょうか?」


 おおー! 発想の転換ってやつだ! でも、一瞬リサちゃんの顔が険しくなったような?


「それもそうだなー! 世界がぐるりとかわったよー! リサのおかげだよー! ありがとなー!」


 そう言いながら、ナギトくんはリサちゃんの手を握りしめてブンブンと振っている。


「もー! ナギトの馬鹿ーー!」


 マヤちゃんが泣きながら飛び出して行っちゃった……。

 ちゃんと仲直りできるんだろうか……?


 それからしばらくの間、学校内で「ナギトがニヤニヤしながら歩いてる」という噂が流れたとか。

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