第22話 催眠術

「催眠術ってどう思う?」


 みんなに聞いてみる。


「私は信じるほうかなー」

「俺も信じないわけではないが、実際に体験しないと信じないな」

「テレビで見るとどうも胡散臭いのよね」

「そうそう」

「わたしは信じますよー。面白そうですし」


 マヤちゃんとリサちゃんは信じる派。

 ナギトくんとアカリちゃんは信じない派というより疑ってる感じ?


「で、ヒカリちゃんはどうなの?」

「ぼくは信じるほうだよ。それでね、昨日テレビで催眠術の特集やってたんだけど、催眠術師の人が言ってたの。『人は誰しも才能を秘めています。あなたにもできるかもしれません』って」

「やっぱり胡散臭いわね」

「そうだな」


 ナギトくんとアカリちゃんは嫌そうな顔をする。


「でね、やってみようと思って持ってきたの」


 ぼくは硬貨と糸で作った道具を見せる。


「ベタだねー」

「あれ? これ五十円玉なんですね。五円玉じゃないんですか?」

「五十円玉のほうが高いから効果あるかなーって思って」

「“こうか”だけに?」


 マヤちゃんがニヤニヤする。


「ち、違うよ。ダジャレじゃないよ」


 普通に言ったのにダジャレっぽくなるのってちょっと恥ずかしい。


「とにかくやってみようよ。ぼくにも催眠術できるかもしれないし」

「じゃあ、私が受けてみるね」

「ありがとうマヤちゃん。こほん。あなたはだんだん眠くなーる。眠くなーる」


 呪文を唱えながら五十円玉を左右に振る。

 五十円玉を追っていたマヤちゃんの目がとろんとしている。


「あー、催眠術にかかってきたなー」


 やった。初めてだけど上手くいったみたい?


「まず、あなたの名前は?」

「橘真矢です」

「マヤちゃん。犬の真似をしてみて」

「わんわん! わふ。くぅーん」


 おお!


「じゃあ、お手してみて」

「わん」


 マヤちゃんの手がぼくの手のひらの上に置かれる。

 これは確実に掛かってる! ぼく催眠術師になれるかも?


「ねえ! アカリちゃんナギトくん見た? 催眠術だよ!」


 ぼくは興奮しながら二人のほうを見る。


「わん」

「わう」


 ん? なんだか二人の様子が変? まるで招き猫みたいに手を挙げて。


「これで信じた? 催眠術は本当にあるんだよ」

「わん」

「……」


 あれ? なんで無視するの?

 というか二人とも目がマヤちゃんみたいになってる。もしかして二人にも掛かってる?


「ナギトくん、アカリちゃんお手」


 手のひらを出すと右手にナギトくん、左手にアカリちゃんの手が乗せられる。

 すごい! 信じてなかった二人にも効いてる!


「もうこれくらいで良いかな。それでは、手をたたくと元に戻ります」


 パンッ。ぼくは手をたたいた。

 たたいたけど。


「くぅーん」

「わわん」

「わん」


 まだ解けてない?

 パンッ。もう一度鳴らす。だけど戻る様子はない。

 どうしよう。催眠術が解けない! そういえばリサちゃんは?


「どうしようリサちゃん! 催眠術が解けないよ!」

「がるるるる!」

「ひぃ!」


 リサちゃんまで掛かってたー! しかも怒ってる?


「がるるるる!」

「ぐるるる!」

「わんわん!」

「ふしゅー!」


 どうしよう……。みんなが元に戻らない。しかも近づいてきてない? 表情も怖いし。

 みんながじりじりと寄ってくる。


「みんな元に戻ってよー! ぼくが悪かったから! 戻ってよ……」


 もう半泣きだった。このまま元に戻らなかったらどうしよう……。


「…………ぷっ」

「くっくっく……」

「ふふふ」

「あははは! ひっかかったー!」


 え? え? なに?


「あー面白かった。ヒカリちゃんまんまと引っかかるんだもん」


 どういうこと?


「催眠術が解けたの?」

「うーん。解けたっていうより最初から掛かってないって感じかな」

「へ?」

「もし本当だったら『催眠術に掛かった』なんて言うか?」

「え? あ。本当だ。もしかしてみんなも?」


 アカリちゃんとリサちゃんを見る。


「そう」

「おもしろかったですよー」

「いやー、みんなに通じて良かったよ。だましてごめんね、ヒカリちゃん」

「よかったーー」


 ぼくはその場にへたり込んだ。


「ごめんごめん。こんなに上手くいくとは思わなかったからさ。よし。今度はヒカリちゃんにやってみよう!」

「もうこりごりだよ」

「まあまあ。物は試しだよ。はい、これをよーく見て。あなたはだんだん眠くなーる。眠くなーる」


 マヤちゃんの呪文を聞きながら五十円玉を目で追いかける。

 だんだん五十円玉がぼやけてきたような……。


「おーい。ヒカリちゃん?」

「目がうつろになっているな」

「もしかして掛かっちゃった?」

「その可能性はあるわね。催眠術を信じているみたいだし」

「マヤさんすごいですね」

「それなら質問してみよっか。えっと。あなたの名前は?」

「中村光です」

「いつものヒカリさんじゃないみたいです」

「さっきの仕返しかもしれないぞ」

「ヒカリちゃんがそんなことするかな? じゃあ、今ここで上着全部脱いでみて」

「マヤ、それはいくらなんでも」

「――ってヒカリ? 何やってるんだ!?」

「ヒカリさんシャツのボタン外し始めてますよ!」

「え? ちょ、ちょっと! ヒカリちゃんストップストップ!」

「マヤ、調子に乗っちゃだめ」

「ごめんアカリ」


「じゃあ、ヒカリちゃんって好きな人いる?」

「お、おい。そういうのはだめなんじゃないのか?」

「えー、気にならない? ヒカリちゃんのこういう話。たぶんヒカリちゃんマジで掛かってるよ」

「それもそうだが……」

「うーん。ぼくの好きな人……」

「そうですそうです。いるんですか?」

「マヤちゃんが好きだよ」

「え!? 私? そ、それは嬉しいけど。私には先客が居るというかなんというか……」

「アカリちゃんも好きだよ」

「え? 私も?」

「うん。リサちゃんもナギトくんもみんな好きだよー。えへへ」

「これは……」

「なんというか……」

「ヒカリさんらしいですね」

「そうね」

「も、もう終わりにしよっか」

 パンッ。


 ――何か変な夢でも見ていたような……。

 あれ? 何でみんな顔が赤いんだろう?

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