第4話 雨の日

 雨がしとしと降っている。


「雨っていやだなー」


 ほとんど独り言のようにつぶやくと


「そうね。本がふやけるし」


 アカリちゃんが反応してくれた。そっか、湿気は本の天敵だもんね。


「わたしは、雨音が好きですから、嫌いではないです」


 リサちゃんは雨音を楽しむのか。考えたことなかった。


「俺は特にどっちでもないな」


 ナギトくんは中立的。


「それにしても、マヤちゃん遅いね」

「マヤは今日、日直で遅くなるぞ」


 ナギトくんとマヤちゃんは同じクラスだ。

 ——そのとき、部室のドアが勢いよく開いた。


「ただいまーー!」


『だいじょう部』では部室に入るとき「ただいま」と言うことになっている。発案者はマヤちゃん。理由は「なんかおもしろいから」だそうだ。ぼくはちょっと気にいってる。


「うるさいな。なんでそんなにテンション高いんだ」


 ナギトくんはこう言うけど、別に怒ってるわけじゃない。ぶっきらぼうなだけ。


「マヤさん、何かいいことでもあったんですか?」

「聞いてよ、リサ。今日雨すごいじゃん。湿気もすごいから廊下で転んだんだけど——

「また転んだのか」


 ナギトくんが割って入る。


「そこはいいの! でね、よくすべるからスケートができるんじゃないかって思ったの。廊下も結構長いし。そしたら、なんとキレイにすべれたの! 楽しかった!」


 マヤちゃんが興奮気味に話す。


「それは、よかったですねー」

「ねえ、みんなもやろうよー。楽しいよ」

「そうですね、やってみましょうか」


 みんなで廊下にでる。


「じゃあ、私がお手本みせるね」


 マヤちゃんが廊下の端に行く。そして、タッタッタと助走をつけて——

 シュッーとぼくたちの前を通り過ぎていく。

 マヤちゃん器用だな、と思ってたら、


「わー! どうしよう! 止まらない! ちょっと誰か助けてーー! ぶつかるー!」


 マヤちゃんはそのまま器用にすべっていき、

 バン!

 廊下の端の壁にぶつかって、やっと止まった。


「マヤちゃん大丈夫?」

「マヤさん、お怪我は?」

「マヤ、気をつけなさい」


 ぼくたちが心配する中、たった一人


「おー、確かに転びはしなかったな」


 ナギトくんがニヤニヤしながら言う。


「ちょっとナギト!大丈夫かのひと言もないわけ?!でもへーき、へーき。なんてったってだいじょう部の部員だから!」

「マヤ、頭うった?」


 アカリちゃん、マジトーンやめてあげて……。


「なにさ、みんな心配してたから、場を和ませようとしただけじゃん……」


 マヤちゃんがいじけちゃった。


「でも、マヤちゃん、かっこよかったよ」

「ほんと!? ありがとうヒカリちゃん!」


 マヤちゃんが抱きついてきた!


「ち、ちょっとマヤ!?」

「きゃー! きゃー!」

「なっ!」


 ああ、なんかあったかくて、やわらかい…………じゃなくて!


「マヤちゃん! ちょっとどうしたの!?」

「ごめん、ごめん。つい勢いで。テヘっ」


 なんだ、勢いか。びっくりしたー。


「マヤ。勢いでもやっていいこととわるいことがある」


 アカリちゃんがたしなめる。


「まあまあ。とりあえずみんな、やってみよ?」

「じゃあ、わたし、やってみます。えいっ」


 スーー

 おおー、キレイにすべってる。


「すべれましたー。結構楽しいですー」

「なら、俺も」

「私も」


 みんな次々にすべっていく。


「ヒカリちゃんは? すべらないの?」

「ぼくはいいかな。なんだか怖いし」

「私が手ひっぱってあげようか?」

「ヒカリ、マヤといっしょだと転ぶぞ」


 ナギトくんが茶化す。


「ナギトうるさい! ほらヒカリちゃん」


 マヤちゃんが手を差し出してくる。

 いいのかな? 女の子の手を握っても。


「いくよ、ヒカリちゃん」


 ぼくが戸惑っているのもお構いなしに、マヤちゃんはぼくの手を取ってすべりだした。当然ぼくもいっしょにすべる。

 あれ? 思ったより怖くない? マヤちゃんが手を握ってくれてるからかな?


「どう、ヒカリちゃん?」

「うん、楽しいよ」

「よかった」


 ある程度みんな楽しんだあと、マヤちゃんが


「今度こそキレイにすべるから! リベンジ! でも失敗したらアレだからみんな受け止めてね」


 と言うので、マヤちゃんは廊下の端に、ぼくたちはもう一方の端にスタンバイ。


「いくよー、とりゃ! ——って、うわわわ! 勢いつけすぎた!」


 マヤちゃんがバランスを崩す。


 今更気づいたんだけど、みんな制服なんだよね。もちろん女の子はスカートなわけで。あの……。その……。うっかりだよ? たまたまだよ? その、ちょっとだけ見えちゃったんだよね。


「マヤ、パンツ見えてる」


 アカリちゃんがズバリ指摘した。


「へ? あっ! ナギト、ヒカリちゃん、見たの!?」

「いや、見てないぞ」

「そうだよ、全然見てないよ! マヤちゃんが白って意外だなーとか思ってないよ!」

「バカ、ヒカリ、お前言うな」


 しまった! 声に出てた!


「二人とも見たんだー! バカ! えっち! ヘンタイ!」


 後ろの視線が痛い……。


 それから一週間、ぼくとナギトくんは女の子たちに口を聞いてもらえなかった。

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