第8話 紛らわしいもの

「ねー、くもってかわいいよねー」


 マヤちゃんがつぶやく。


「雲ってあれか? 空に浮かんでるやつ? お前そんなメルヘンな頭してたのか?」


 ナギトくんが驚いたように返す。


「違う! 虫のほう! てか、空のほうの雲をかわいいって言ったらだめなの!?」


 くもって、空に浮かんでるほうかと思った。

 そういえば、クモ平気って言ってたなあ。


「いや、お前が言うと違和感あるだけ」


 ナギトくんが素っ気なく言う。


「なにそれ、ひどくない!?」

「そうですよ、マヤさんはもともとかわいいんですから」

「ちょっと、リサ! 嬉しいけど、フォローの方向が違う!」


 マヤちゃんが怒ってるような、照れてるような、ごちゃまぜな表情してる。


「でも、読みが同じで意味が違う言葉って紛らわしいわね。甘い飴と、空から降る雨とか」

「そうだね。この前、ぼくが、雨がいやだって言ったけど、晴れてる日に言ったら、どっちかわかんないもんね」

「それじゃあ、“こい”って聞くと、どっちを思い浮かべますか?」


 リサちゃんが言う。


「え? 恋愛の恋しかないでしょ? 他にあったっけ?」


 マヤちゃんが不思議そうな表情をする。


「恋愛の恋もそうだが、魚の鯉もあるだろ」

「そういえばそうだね。全然思いつかなかったー」


 マヤちゃんが感心したように言う。


「でも、“こい”って聞いて真っ先に浮かぶのって、恋愛のほうだよねー?」


 マヤちゃんがみんなを見渡すと、他の女の子二人が頷く。

 へー。そうなんだ。ぼく、魚のほうだった。


「紛らわしいって言えば辛いと幸せも紛らわしいよね。辛いに一本たすと幸せになるってやつ聞いたことあるけど、あの一本ってどこからもらってくるの? 買うの?」

「他の幸せから盗るんじゃないか?」

「えぇ! ナギトさん、それじゃあ幸せの奪い合いじゃないですか! あんまりです!」

「リサちゃん、冗談だからね」


 リサちゃんが本気にしてそう……


「一本引くって言えば、白寿なんかがそうね。九十九歳のお祝いで、百から一本引くと白だから、なんて面白いわね」

「アカリちゃん、物知りだねー」

「まあ、何かで読んだのをそのまま言っただけだけど」

「えー! それじゃあ、おじいちゃんとかおばあちゃんから奪ってたのー!? かわいそう!」


 今度はマヤちゃんが本気にしてそう。


「まあ、ただのネタだろ」


 ナギトくんはもう興味なさそう。


「ねえ、リサ、私たち他の人のもの奪ってまで幸せになってたのかな……」

「どうしましょう。わたしたちが楽しく過ごしてる間に、誰かが不幸になっていたなんて……」


 二人の周りに黒い雰囲気が漂ってる。どうしよう……。


「めんどくせーな、そんな心配するくらいなら、他の人にその一本を譲ればいいだろ」

「そしたら、私たちが辛くなっちゃうじゃん」

「そんときは、また貰えばいいだろ。持ちつ持たれつだよ。いざとなったら、俺の幸せから一本どころか、二本や三本持っていっていいから」


 ナギトくんがかっこいいこと言った!


「ナギト、ありがとう」

「ナギトさん、ありがとうございます」


 マヤちゃんとリサちゃんは涙目になってる。


「ナギト、キザっぽいわよ」


 アカリちゃんが冷たく言う。


「うるさいな! 恥ずかしくなる!」

「もう十分恥ずかしいわよ」


 そうかな? かっこいいと思ったけどなー?



 次の日。


「俺の幸せから一本やるってー! 今思うとちょっと恥ずかしいよね」


 マヤちゃんがナギトくんをからかってる。


「うるさいな、言葉の綾だよ」


 ナギトくんが顔を赤くする。

 かっこよかったよね……?

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