第8話 おばあちゃん子なギャル聖女はクラスを赤く染め上げている。
「アイナちゃ~んいつものちょうだーい」
「あいよ~。はいあーん」
「あむっ。ん~~! しゅっぱ~~い! これこれ~!」
アイナから何かを口に放りこまれた優月はバタバタと悶えるように足踏みしながら堪らなそうに口をすぼめる。
一日の授業がすべておわり、放課後になると優月がアイナの元へやってきてそんな会話を始めていた。アイナのすぐ後ろであるこの席からはその様子がよく見える。
隣席を見るとすでに桜庭さんの姿はなく、帰宅してしまったらしい。
(帰る前に挨拶くらいしたかったな……)
そんなことを思いつつも、優月たちへと視線を戻す。
ふと、視線に気づいたアイナがこちらを向いた。
「あまっちも食べる?」
「食べるって、そもそも優月は何をもらったの?」
「梅干しだよー。しかもなんとアイナちゃん特製!」
「そそ。自家製梅干し。アイナが生んだ子供たちだぞ~? 食べたいっしょ? しょ?」
「いやアイナの子とか言われて食欲は湧かないけど……。アイナは自分で作るくらい梅干しが好きなんだ?」
「あたし、けっこーおばあちゃん子だったかんねー。おばあちゃんの作る梅干しと共に生きてきたのだよ、アイナは。梅干しと白いホカホカご飯が幼女アイナの親友だったのだよ。ま、今は自分で作ってるんだけどに~」
にははと笑ったアイナはほれほれ食べんさいと言わんばかりに梅干しの入ったタッパーを差し出す。タッパーの中にはたくさんの真っ赤な果実が敷き詰められていた。
(なんか、アメちゃんとか勧めてくるおばあちゃんぽい……)
「あ、今なんか失礼なこと考えてた~。アイナ分かるんだよな~分かっちゃうんだよな~。そういうやつには、こうだっ!」
「むぐっ!?」
アイナは梅干しをひとつ摘まむと、そのまま僕の口へむりやり突っ込んだ。勢いが良すぎたためアイナの指が口の中に入り、アイナがその指を抜こうとするとちゅぱっと音が鳴った。
「こら~。ダメだぞ~指まで食べちゃ~」
「突っ込んだのはアイナじゃないか!? ……ていうか、これ……すっぱぁ!?」
「にはは~効いておる効いておる」
口の中を襲う壮絶なすっぱさに悶える。口内炎でもあろうものなら死んでもおかしくないのではないかというほどの威力だ。
「アイナちゃんのは特別すっぱいからねぇ。でも大丈夫だよ翡翠くん。そのすっぱさが癖になってすぐにやめられなくなるから!」
「何が大丈夫なんだ!?」
アイナや優月はすでに味覚がおかしくなってしまったに違いない。
「まぁまぁ、梅干し身体にいいかんね。やめられない止まらないになっても問題ないんだぞ?」
「いや塩分過多で死ぬわ!」
「おおう。あまっちツッコミキレッキレやん。このクラスについにツッコミキャラが現れたか……感慨深いねえ……」
優月までもがなぜか「うんうん」と頷いている。
それから、アイナは明らかに伊達の眼鏡を取り出して得意そうに語り始めた。
「いいかいあまっち。梅干しという神の果実はね? 疲労回復食欲増進、その上血液をさらさら~にするんだぞ? 更に、更になんと! 美肌効果まであるのだ~! どう? すごいっしょ?」
「いや……まぁ身体に良さそうなことは分かるけど。これはさすがにすっぱくない?」
「そんなことないって~。ゆづっちもそうだったように、すぐに虜にしてやるぞ? まずは何粒かあげるから毎朝白ご飯と一緒に食べるべし!」
「えぇ……マジで?」
「マジの大マジ! ダイジョーブ! ご飯との相性は保証する!」
「たしかにご飯との相性は良さそう……」
これだけのすっぱさだと一粒に対してどれだけの米が必要になるか不安にもなる、のだが……想像ると口内で唾液が急速に分泌されていく。
「んな、なんだこれ……」
「ふっふっふ……効果が現れ始めたようだに~。これであまっちも梅干しジャンキーの仲間入りだ~!」
「いえ~い!」
ハイタッチを始める優月とアイナ。ついでに教室に残っているクラスメイトも少し浮足立っている。
(このクラス……もうすべてが染められているのか……)
「これであとはゆいにゃを堕とすのみ……一番ういやつが残ったぜい……ゲヒヒヒ……」
下品に笑うアイナの表情はもう健常者のそれではなかった。
「で、あまっちこれからどーするん? あたしこれからみんなとカラオケだけど。あまっちも来る? なんならそれ断って、二人きりでデートでもオーケーなんだぞ?」
結局梅干しをいくつか分け与えられた後、バッグを担いだアイナはお馴染みの笑みを見せる。その誘いに、少しだけ胸が高鳴った。
しかし僕は慌てて両手を振る。
「え、遠慮しておくよ。優月を待っていたいし」
優月は日直の仕事で日誌を書かなければならないらしい。その仕事をこなすための気合い充電としての梅干しだったようだ。
「アツアツだねえお二人さん」
「いや、そういうんじゃないけど」
「ふむふむ。なかなか難しいお年頃なのじゃな」
アイナは何に納得したのか神妙に頷いた。それから今度こそこちらに背を向ける。
「じゃ、また明日ね。あまっち」
「うん。また……」
駆け出すアイナを見送る。
「また明日」という言葉がやけに頭の中に残っていて、優月を待つ間も心の淵で反芻していた。
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