第29話 そうしてクソッタレな選択は襲い来る。
どうして、こうなるんだ。
ボロボロになったプレゼントを見て、思う。ごめん、桜庭さん。あんなに考えてくれたのに。僕なんかに付き合ってくれたのに。
きっともう、何も残らない。プレゼントだけじゃない。優月が、奪われてしまう。
どうして、こんなことになってしまうんだろうか。
「おまえ……たちは……」
「あ?」
「なんで……なんでこんな酷いことが出来るんだ。なんで……平気で誰かを傷つけるんだ。どうして……弱い誰かの気持ちを分かろうとしないんだ……!」
引きこもりの絶望のさなか、彼女に再会した。
引きこもりをやめて、彼女たちに出会った。
彼女たちは優しくて、まさにこの世界の良心で。甘やかに、この心をを解きほぐしてくれた。
世界のすべてが、そうであればいいと思った。そうであってほしいと願った。
「僕は……っ! 僕たちは! ただ、ふつうに生きたいだけなのに! その中に、ほんの少しの幸せがあれば! 大切な誰かがいてくれれば! それだけで構わないのに! どうして……どうしてそんなささやかな願いも、祈りも、叫びも、すべてを踏みにじることが出来るんだ! ……許さない。ぜったいに許さない。おまえたちも……この世界も……ぜんぶぜんぶ大嫌いだ! こんな世界があるから……僕らは……っ!」
「うるせえ喚くな」
「ぐふっ……っ」
顔を踏みつけにされる。血が地面に染みるのがわかった。
「なあ、言ったろ? 少年、キミはさ、運が悪かったんだよ」
「……っ!?」
そんな言葉で。そんな陳腐で、無責任な言葉で。僕たちの人生はきめられてしまうのか? 僕たちはいつだって、残酷なこの世界を神の御機嫌取りのために生きていたっていうのか?
「でもなぁ、キミがもし理由が欲しいってんなら。この結末にたしかな理由付けが必要だってんなら。それはさぁ――――」
セイジは当たり前のことのように冷めた瞳で告げる。
「他でもない、おまえ自身のせいだろう?」
うひっ、と男のひとりが興奮を表すかのように声を漏らした。
自分の、せい……だと?
「弱いおまえが、愚かなおまえが、ウジムシみてえに腐った生き方をしていたから。弱みを見せ続けていたから。強くあろうとしなかったから。そんなんだから、リサみたいなろくでもないやつに目を付けられるんだぜ。すべてを、奪われちまうんだぜ。つまりこれはおまえが招いた結末ってわけだ。神でなければ、まずは自分自身を恨めよ」
「……ぁ……ああ……」
なんだよ、それ……。
ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな。そんなことがあってたまるものか。
僕だって、精一杯生きているんだ。こんなでも、弱くても愚かでも、生きているんだよ。誰もが強くあれるわけじゃない。弱い人間はどこにだって存在するんだ。
それなのに。
どこか納得してしまった自分がいた。
本当に僕は、自分を幸せにするために生きていたか? 誰かの幸せを願えていたか? それを叶えるための努力をしていたか?
僕が強ければ。心も身体も強く、生きていれば。
あの時、あの人に出来ることがあったのかもしれない。
あの時、彼女にちゃんと別れを告げることが出来たのかもしれない。
あの時、キミを信じることが出来たのかもしれない。
あの時、キミを本当の意味で、大丈夫にすることが出来たのかもしれない。
今、この時、彼女を助けられたのかもしれない。
後悔ばかりだ。僕の人生は。
悲しいことばかりだ。間違いだらけだ。降り積もって、降り積もって、積もりすぎて。もう数えることすらままならない。
それら全て、この残酷な世界が起こしたことではなくて。僕は世界にすべてを押し付けていた。僕はこんなに辛いんだ。悲しいんだ。やりきれないことばかりなんだって。形も見えない世界に叫ぶばかりで。泣いて、嘆くばかりで。
本当はただ、僕が弱くてちっぱけだったから。僕が、強くあるための努力を怠っていたから。
だから、すべてを。大切な全てを失ってしまうんだ――――。
涙が溢れた。
涙と血で滲んだ視界に、セイジの顔が映る。
「まぁ? 可哀想なキミには同情しないこともない。だから、オレがキミを助けてやろう」
「……は?」
その顔は、やっぱり僕には残酷を映しているように見えた。
だけどそれと同時に、どうしようもないほどに。差し出されたその手が、救いの手のように思えてしまった。
すがるような思いで声を絞り出す。
「なに、を……言って……」
「キミを救ってやると言っている」
「すく……う?」
「ああ、そうだ! 憐れで、可哀想で、この世界に見放されているキミを! このオレが! 救ってあげよう」
まるで演劇でも始まったかのように、セイジは流暢に語り始める。
救われる。ただ、その言葉だけが、僕の脳裏にこだまするかのようだった。
その大きな手が差し出される。
「大人しく野中優月を差し出せ。もう抗うな。それだけでいい。それだけで、もう君には金輪際、関わらないと誓おう。リサのやつらもだ。文字通り、キミは救われる。キミだけが、救われる。素晴らしい提案だろう?」
息が止まるかと思った。
片手で乱暴に抱いている優月を、セイジは舐め回すかのように見つめる。汚らしい手が、滑らかな足を撫でる。その頬を穢す。
やめろ。触るな。
凄まじい嫌悪感が襲った。
「なん……だよ、それ……そんなの、できるわけ……っ」
「ああそうだろうなぁ。だから、あんなに頑張ってたんだもんなぁ。頑張って頑張って、勇気を振り絞って闘ったんだもんなぁ」
にやっと汚らしく笑う、その笑みを見て察した。
やっぱりこいつらは、悪魔だ。残酷な世界そのものだ。
たとえ僕の弱さが招いたこの人生というのもが事実であろうとも。それでも、彼らが悪であることに変わりはない。彼らは、人を不幸にすることを食い物にするバケモノだ。
ねっとりと、冷たい視線が擦り付けられる。まるで僕の絶望が甘美な美酒だとでも言うかのように。愉悦は止まない。
「だからさぁ、もうひとつ。ちゃーんとキミにとって都合のいい道を用意した」
「都合のいい……?」
ウソだ。そんなこと、これっぽっちも思っちゃいない。そんなこともう分かっている。だけど、その言葉を阻むすべもない。
「野中優月の代わりに、他の女を差し出せ」
「なっ……」
「聞くところによれば、キミはなかなか良い子たちと関係を持っているそうじゃないか。そいつを、そいつらのうち誰かを代わりに差し出せ。そうしたらキミと野中優月は救われる。当然オレたちやリサが手を出すことも、もうない」
「おい誠二くん!? その女手放しちまうのかよ!?」
「ああ? オレのすることに文句があんのか?」
「い、いや……そういうわけじゃねえけど……。ちぇ、もったいね。誠二くんの趣味はさすがの俺っちも理解に苦しむね」
異議を唱えた男は、誠二に睨まれるとすぐに目を逸らした。
「ああそれと、今後一切、キミからオレたちに関わることはもちろん許さない。変な気は起こさないことだ。オレたちの元には君の大事な人がいることを忘れるな。もし警察にでも駆け込もうものなら、分かってるよなぁ……?」
狡猾に、逃げ道さえも塞いでくる。
「キミはオレたちと今後一生関わることをせず、ただ平穏に、その幸せを享受するんだ」
誠二は満足そうに頷くと僕の肩をガシッとつかむ。まるで、子供に言い聞かせるみたいに。しかし温情とは真逆の感情を乗せた瞳がこちらを見つめていた。
「……野中優月が大事なんだろう? 大事な大事な、この世界の何よりも大事な幼馴染なんだろう? 彼女を助けたいんだろう? それなら、答えなんて決まっているじゃないか」
さらにさらに、愉悦の籠った笑みが強くなる。
「――――これでハッピーエンドだよ。なあ……甘党翡翠くぅん……」
最低最悪のハッピーエンドが、転がっていた。
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