第15話 引きこもりの知っている彼女と知らない彼女。
「っしゃこいやー! アイナの神レシーブを見よ! ゆいにゃのサーブはすべて止めちゃる!」
「もう……相っ変わらずうるさい……わねっ!」
「ぎゃーす!? なんじゃその華麗なジャンピングサーブは~つ~よ~す~ぎ~る~!」
「ふんっ。まだまだね」
体育の授業は先日の出来事に繋がるかのように、バレーボールだった。体育館を男子と女子で半分ずつ使っている。
視線の先、奥のコートでは女子たちがゲーム形式の試合を始めていた。アイナのテンションもあってか、白熱した様相を見せている。
僕はといえば、男子の他チームが試合中のため見学中だ。壁際で体育座りしている。
男女が分かれる体育は肩身が狭い。未だに、男子でまともに話せる人はいなかった。男子の方が、引きこもりへの警戒心が強いのだ。お互いに牽制し合っている。だからどうにもギクシャクしてしまう。アイナを初めてとして、女子の方がそこら辺は寛容だった。
何はともあれ、今の僕は正真正銘のボッチ。ミスをして目を付けられないように、ひっそりと空気を演じている。
「優月さん! いったわよ!」
「あ、あわわわわ……て、てりゃ……っ、あ、あれぇ!? ご、ごべんなさい~!」
見事なほどの空振りを披露する優月。幼馴染の運動神経は絶望的だ。
「足手まとい発見! みんな~ゆづっちを狙え~! 愛いやつを丸裸にしてやるのだ~!」
「お~!」
「ええ~!? ちょっと、やめて~!」
本当に、女子の方は和気あいあいとしている。それはきっとアイナの存在が大きいのだろう。常に周りに気を配り、それと同時に自分も楽しんでみんなを盛り上げる。最高のムードメーカーだ。
「おうおう。今日のオカズは決まったか?」
「え……?」
まさか声をかけられるとは思っていなくて、変な声が漏れた。顔をあげると、そこにいたのはクラスメイトのひとりだ。たしか、名前は
座っていた僕の隣に村上君も腰かける。
「女子の方ばっか見やがってよ~。さてはおまえムッツリだな?」
「……へ!? オ、オカズってそういう……!? そういうんじゃないよ!」
「いいっていいって。隠すなよ。男なら女子の方見たくなって当たり前だって。イイよなぁ体操着姿の女子って。健康的なエロスだ」
「そ、そうかな……」
女子の方を見ずらくなってしまって、チラチラと視線が動いてしまう。これでは余計に覗きでもしているかのようだ。
しかし村上君の言う通り女子の体操服姿は眩しい。白熱しているためか、5月とはいえその多くが半袖半ズボン。制服では見えない白い肌が見えていた。
「へっ。赤くなりながらもやっぱり目が離せないってか? ムッツリけって~」
「だ、だからそういうんじゃないって! キミが体操着がどうこうって言うから確認してたんじゃないか!」
「へいへいそうかい」
村上君は何が面白いのか、コロコロと笑う。
人懐っこい爽やかな笑顔。なんとなく、モテそうだなと感じた。クラスでは弄られキャラのようなポジションだったように思う。今の会話のように欲望を隠さない喋りをするため、アイナからはよくキモがられていた。しかしそこには愛がある。お互いに自分のキャラを知っていて、するべき行動をしているんだ。
「で? 甘党的には誰が好みよ?」
「ええ……まだその会話続くんだ……」
「いいじゃんいいじゃん~。男同士バカな話しようぜ~」
他のクラスメイトと話すのと変わらない様子で村上君はじゃれるように距離を詰めてくる。男が仲良くなるには1に下ネタ。2に下ネタ。3に下ネタ。そういうことだろうか。
しかしそういう話は正直苦手だ。誰かとそういう話をしたことなどない。だから僕はこう返すしかなかった。
「そ、そういうそっちはどうなのさ。誰が好みなの?」
「あ~オレ? オレはそうだなぁ……野中優月、とか」
「ゆ、優月!?」
「お~お~焦ってんなぁ。幼馴染は誰にも渡さねえってか?」
「い、いやべつに……そういうわけじゃないけど!」
「ま、冗談だって。おっぱい大きいのは魅力だけどな~。まだあんま話したことねえし」
「そ、そっか……」
「でも野中、かなり人気あるぜ? ファンクラブもすでにある。ゴールデンウイーク前に行われたカノジョにしたい女子ランキングでは堂々の3位だ。転校一ヶ月でこれだからな~。ついに聖ヶ丘の牙城も崩れるかって感じだな」
「そんなに……ていうか、アイナが一位なんだ……」
「ま、あの童貞キラーの聖女さまはな。仕方ないわな。引きこもりくんもあれだけ優しくされればもう何度使わせてもらったかわからないだろ?」
「ぶふっ。つ、使うって……そんなわけ……」
そんなこと、あるわけない。いや、一回くらいは……あるかもしれない。
「ほれ。これがそのランキング」
スマホの画面を見せてくる。体育にも関わらずポケットに忍ばせているらしい。
「まあ、気になるなら後でデータ送ってやるよ。ついでにメッセ交換できるしな」
「う、うん……」
ちらと見た限りでは4位に会長の名前があった。2位は知らない名前だが1年生の子であるらしい。ちなみにこれは高等部だけの結果で、中等部はまた別にあるという話だ。
「あれ……桜庭さんは? ランクインしてないの?」
「あー桜庭なあ……美人ではあるけど、とっつき辛いからなあ。それが良いっていう奴も中にはいるだろうけど。何をするにも辛い現代社会、高校生だって癒しとバブミを求めているのだよ。あー甘やかされてぇ」
そうだろうか。たしかにあまり積極的に人と関わっているようにはみえないが、授業中なんかはよく手助けしてくれる。先日のバレーボールだって、僕の様子を見て気遣ってくれた結果なのではないかと思う。
「ていうか、真っ先に桜庭の名前をだすとは、もしかして惚れたかぁ? 席隣だもんな。あんな美少女、そりゃあ好きになっちまうよなぁ?」
「い、いやそういうのじゃないって! ただ、純粋に! ちょっと気になっただけだって!」
「そういうもんかねぇ。まあおまえ引きこもりのくせに美少女との関わり多いもんな。あー、オレも一度引きこもってみれば美少女が甘やかしてくれるんだろうか……」
「はは……」
さすがに触れにくい話題で、苦笑いを返すしかできなかった。
しかし、桜庭さんについて気になっているというのは言葉の通りだ。先日のバレーボール。あの後、少しだけ部長さんから話を聞いた。
桜庭さんはつい一年ほど前までバレーボール部員だったらしい。しかしとある試合で大きな怪我をした。その後、怪我は完治したというのに彼女は静かに部を去った。誰もその理由を知らないのだという。
桜庭さんが何を考えているのか、何を思っているのか。誰も知らない。もちろん僕にも、分からない。
視線を再び、バレーボールをする女子たちの方へ送る。
「おおっとぉ! 甘いぜゆいにゃ~!」
「そ、それを取れるの!? さっきは全然反応出来てなかったでしょう!?」
「わはははは! アイナは闘いの中で成長するんだぞ~!」
「くっ。それなら……これでどう!?」
やっぱり楽しそうな声がこちらまで聞こえてくる。
その中心はアイナと桜庭さんだ。その二人が誰よりも楽しんでいるように見えた。
「すげーな聖ヶ丘。何度失敗しても謎の笑みを浮かべて立ち上がってるぞ……。そしてその度に上手くなってやがる。サ〇ヤ人かよあいつは」
唖然と、村上君が呟く。
この短時間でも、桜庭さんとの実力差は少しずつ埋まっているように見えた。粘り強く、食らいついている。桜庭さんのチームには優月がいることだし、だんだんといい勝負になってくることだろう。
「お、そろそろウチのチームも試合だな」
村上君が立ち上がる。
「ほれ行こうぜ。ムッツリな引きこもりくんが女子を眺めていたいのも分かるけどな」
くつくつと笑いながらも村上君は手を差し出してくる。
少し迷ったが、僕はその手をガッと掴んで立ち上がった。
「だから、そういう目で見てないって!」
「へーへー。ムッツリは大変だよな、そういうの」
「だから~……っ!」
この件に関しては一度しっかりと話す必要がありそうだ。
断じて、僕はムッツリなどではない。しいて言うなら、村上君がオープンすぎるのだと、そう思う。
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