第16話 ギャル聖女だって密かに楽しむ趣味がある。
「ねえねえ、あまっち」
放課後になると、いつも決まってアイナが話しかけてくれる。
「あまっちはさあ、ゲームとか、する?」
「ゲーム?」
少し答えに迷った。
僕はそれなりに家庭用ゲーム機を嗜む。引きこもっていた間は色々な現実から目を逸らすため、膨大な時間をゲームに費やしてきた。
しかしアイナの指すゲームが何か分からない。高校生にもなって家庭用ゲームに熱中していればオタクと揶揄されることもある。話すのには少し勇気がいる。
無難なところで言えば、スマホゲームだろうか。昨今、ひとつもスマホゲームをやっていない人間の方が珍しいのではないか。あるいは、トランプなどのカードゲームという線も……。
「えっと……一応、やるかな。それなりに」
悩んだ末の答えは、曖昧に濁すことだった。まずはアイナの反応を窺おう。
そう思ったのもつかの間、アイナが瞳を輝かせて身を乗り出した。
「マっジで!?」
「うん……まあ、マジで」
「何やるの!? サンディーエス? ゲームボックス? ヨンロク!? フェミコン!? あ、もしかしてプデステ!?」
「あー、一番やるのはシュワッチかな」
家庭用ゲームの話で問題なさそうだと思った僕は正直に話した。それにしても少し、意外だ。アイナがゲームをやるとは思っていなかった。しかもすごく興奮した様子だ。
「シュワッチ!? うらやまー! ソフトは何やるん!?」
「えっと……」
そこでも一瞬悩むが、今度はすぐに無難な答えが浮かんだ。
「ペケモンかな」
「ペケモン! さすがあまっち! わかってらっしゃる!」
「え、ええ……!? う、うん、ありがとう……?」
興奮の度合いが一気に増したように見えるアイナに両手を握られた。
「ペケットモンスター」、略して「ペケモン」。20年以上前から始まり、今では世界的に人気なロールプレイングゲームだ。
無難な答えであると共に、事実好きなゲームだでもあったので挙げたのだがどうやら正解だったらしい。
「シュワッチってことは最新作だよね!? いいなーいいなー。ホコ? タテ?」
「一応どっちも持ってるよ」
「ってことはガチの人だ!」
「ああいや、ガチ勢ってほどじゃないけど……。それなりかな」
ガチ勢というのは対戦に本気で取り組んでいる人のことだ。ペケモンにネット対戦機能があり、そこでランキングを争うことが出来る。
「それなりかー、でも~、そういう人の方が怪しいぞ? 試験の時全然勉強してねーって言ってる人と同じだぞ?」
「いやいや。これはホントに。対戦も少しはするけど、エンジョイ勢だよ」
「そかー。それならあたしとおんなじだね」
訂正すると、アイナは素直に頷いてなははと笑った。
「ところでさっきまでの口ぶりだとアイナはシュワッチ持ってないの?」
「そうなの! そうなのじゃよ……よよよ……」
「そ、そうなんだ……」
「うん……」
泣きまねを始めるアイナ。しかし視線はちらちらとこちらを窺っており、何かを期待しているのが分かる。
「あー、その……じゃあウチくる?」
「え……?」
ポカンと、ウソ泣きが止まった。時も止まった。
今度こそ、僕は選択肢を間違えたのだ。
「い、いやその! 違くて! 今のはその、べつに深い意味は何にもなくて! ただシュワッチやりたいならウチに来てもらうのが早いかなって!? ゴ、ゴメン来るわけないよね!? それなら……じゃあそのえっと! 今度貸すよ! 一週間とか二週間とか! それくらい全然大丈夫だからさ! いくらでも気が済むまでやってよ!」
僕の大声で、教室の時間も止まった。注目が集まる。横目を滑らせると、帰り支度を済ませた桜庭さんが視線で「おバカね」と言いながら停止した時の中を去っていった。
そして直後、にははと聞きなれた笑い声が教室に響く。
「よし。行くかー」
「え? あ、ちょ、アイナ!?」
アイナはバッグを持って立ち上がると僕の手を引いて歩き出した。
「どこ行くの……っ!?」
「え~? 決まってんでしょ~?」
「そ、それって……」
「あまっちだけ、特別なんだぞ?」
今日イチの魅力的な笑顔で、アイナはウィンクした。
「あまっちの家までってどのくらい~?」
二人そろって校舎を出るとアイナが聞いてきた。
「近いよ。10分くらい」
「それは良き立地。これはたまり場候補か~?」
「ええ!? いや、それはさすがに……」
「あまっち的には困っちゃうか?」
「ま、まぁ……少し。いや、べつに来て欲しくないわけじゃないけど。こっちから誘ったわけだし」
「ダイジョーブダイジョーブ。アイナ分かってま~す。男の子にも色々あるさ」
分かってる分かってるとさり気なく背中を叩いてくるアイナ。相変わらず距離感が近い。スキンシップに関してはもしかしたら幼馴染の優月以上に多いかもしれない。僕としてはドキドキが絶えなくて困る。
「それにしてもアイナ、ゲーム好きなんだね」
「ん?」
「いや、ゲームのために僕の家に来るくらいだから……」
補足すると、アイナは少しポカンとまだ青い空を見上げた。
「そういうわけでもないんだけどなー。ああうん、ゲームが好きって言うのはそうだけど。何を隠そうアイナは生粋のおばあちゃん子でありながらゲームっ子である!」
「なんか微妙におかしな感じだね」
おばあちゃん子ならもっと他のことをやりそうなものだ。お手玉や折り紙、あやとりとか。昔遊びをしている金髪ギャルのアイナを想像するとアンバランスかと思ったが、意外と似合う気がした。美少女は何をやっても様になるらしい。
「あんまり学校では話してないけどにー。ほら、あんま分かんない人に話してもあれじゃろ?」
「そうだね。あ、でも僕にはなんで話してくれたの?」
「それはあれじゃよ」
アイナはにやっと笑うと、クンクンと鼻をひくつかせる。
「あまっちからは同類の匂いがするんだぞ~!」
「わ、か、嗅がないでよ恥ずかしいって!」
「いいじゃんいいじゃん同類の匂いは落ち着くのじゃ~」
慌ててアイナから逃げる。
無邪気なアイナは何を考えているのか、何も考えていないのか。どこまでも彼女は明るく陽気で、その場の空気を自分の色に染めてしまう。
そんな彼女の気兼ねなさが嬉しくもあり、同時に戸惑うばかりだった。
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