第25話 幼馴染が笑えるならばそれでいい。
「な、なんか緊張するね……っ」
「え、優月も……? 来たことあるんじゃないの?」
「そんなことないよ初めてだよぉ」
優月がはにかむように口元を緩める。
デート当日。つまりは優月の誕生日。僕はとある場所に行こうという提案によって優月を自然な成り行きで以て連れ出していた。
桜庭さんと出かけたときは、ぐいぐい先を行く彼女に付いて行けばよかった。しかし今の僕と優月は言ってしまえば二人ともが及び腰だ。ゆっくりと、足並みをそろえて目的地へ向かっている。デートなら先導してあげるべきだとは思うのだが、これはこれで普段の飾らない僕らだ。
そして遂に、目的の場所へたどり着く。
「ここが……猫カフェ……っ!」
優月の目がキュピーンと輝く。
そう、僕が優月を誘うための口実にしたのが「猫カフェ」だった。桜庭さんとの会話の中でヒントを得たのだが、ネコ関連のものを調べていたら丁度近くに猫カフェなるものが開店していたということが分かって驚いた。
ネコと触れ合うことができる、カフェ。全容はまったく分からないが、ネコ好きの聖地であろうことは分かる。優月は快く、今日の誘いに乗ってくれた。
「じゃあ行こうか」
「うん」
扉を開き、お店の中へ入る。見た感じはふつうの喫茶店だ。しかし少し奥へ目をやると、すでに何匹かのネコが見えた。
「ねこちゃん……っ」
優月がさっそく心を奪われているが、まずはカウンターで注文をするらしい。
「いらっしゃいませにゃん♪」
猫耳を付けた店員さんが迎えてくれる。その声に促されて移動した。
ネコカフェだからといって店員さんまで猫耳の必要はあるんだろうか? それでは色々と違う目的に客が来そうな気が……。
(それにしてもこの猫耳店員さん、美人だなぁ。笑顔も可愛い)
ほら、こういうことを思う奴がいる。はっきりと顔が見えてくると、まずそんなことを思ってしまった。
店員さんは黒い髪をまとめていて、眼鏡をかけているが一目で美人だとわかる。そしてその眼鏡で覆われた鋭い目には見覚えがある気がして……
「――――って桜庭さん!?」
「はにゃっ!? あなた――――優月さんまで……っ!? ネ、ネコはダメって言ったでしょう!?」
「あれってそういうことだったの!?」
キッと鋭い瞳が僕を睨む。少し涙目だ。よっぽどここのバイトをしていることを隠したかったらしい。
「……桜庭さん……唯香ちゃん? お~、唯香ちゃんだ! いや、今こそゆいにゃだね!」
優月がワンテンポ遅れて事態を把握する。それから衝動のままに猫耳に手を伸ばすが、その直前で優月の手は弾かれた。
「ゆいにゃじゃない! ……はぁ。まあいいわ」
「な、なんかごめん」
「ごめんなさい……」
重いため息を吐いた桜庭さんに、僕らは思わず頭を下げる。それを見て彼女はもう一度、諦めの滲む息を吐き出した。
「で、料金は30分、60分、フリータイムからあるわ。値段はこっちね」
説明を始めた桜庭さんはテキパキと話を進めていく。
「あと1ドリンク制だから最初に何かひとつ頼んで行って。それからこれはオプションになるんだけど、ねこちゃんのおやつなんかも――――って、聞いてるの?」
「え? う、うん聞いてるよ?」
「あなたじゃなくて、優月さん」
言われて隣に視線をやると、優月は何かを考えるように瞳を伏せていた。それから突然、ガッと桜庭さんに顔を寄せる。
「ど、どうしたの優月!?」
「にゃんて……」
「は?」
優月の小さな声に桜庭さんが疑問を漏らす。
「にゃんで!? にゃんでもう語尾ににゃんって言ってくれにゃいの!?」
「言うわけないでしょうおバカなの!?」
「でもお仕事だよ!?」
「う、うるさいわね! とにかく、あなたたちには絶対言わない!」
謎のこだわりを見せ始めた優月と、それに迫られる桜庭さんとの口論は5分弱ほど続いた。そして最後に結局優月の圧に押し切られる形で桜庭さんは恥ずかしそうに「にゃん」と呟いた。なんだかそれはすごく、胸にグッとくる光景だった。
「うにゃ~ん♡ ねこちゃ~んこっちこっち~ああ~可愛い~♡ 可愛いしゅぎりゅよ~♡」
席に着くと、ネコの大群に襲われた。当方ネコカフェ初心者故、なんならネコと触れ合った経験など皆無なため。その大波に抗えるはずもなく、僕は可愛い可愛いネコの海に呑まれ――――るなんてことはなく。
優月だけが、ネコたちに囲まれていた。
僕のことは完全スルー。ガン無視。
「ほら~、もふもふしてあげますからね~♡」
ひたすらに、優月がネコと戯れている。その顔は今世紀最大といってもいいレベルのにやけっぷり。もう幸せそうなのなんのって。……僕もそうなりたかった。
おい。ねえ。ネコちゃんたち。
ここはあれだろう? 言ってしまえばキャバクラやホストのネコバージョンだろう? だったら君たちには僕を歓待し気持ちよくする義務があるんじゃないのか?
あまり言いたくはないけれど、こっちはお金を払っているんだぞ。
一番近くいたネコに手を伸ばしてみる。ぷいっと顔を逸らして逃げられた。
「はーいおやつでちゅよ~。いっぱい食べてね~♡」
優月がスプーンに乗せたおやつなるものを差し出すと、ネコたちが一斉に目の色を変えて群がる。
これだ。僕もやってみよう。
「よし。キミにこのおやつを進呈しよう。たくさんお食べ」
優月の元へ群がっていなかった黒猫に差し出してみると、ぺろぺろとおやつを口にし始めた。
「お、おお……っ」
なんて現金なネコたちなのだろうか。いくらネコから嫌われる僕でも、ご飯を持っていれば拒まないらしい。
そしてぺろぺろとおやつを舐める黒猫はもう可愛すぎて辛い。これは優月のデレデレっぷりも頷ける。
「いい子だな~おまえは~。いっぱい食べていいんだぞ~?」
ゆっくりと黒猫の頭に手を伸ばしてみる。
「あっ……」
すると黒猫はパッと身を引いて逃げてしまった。見ればスプーンの中は綺麗に平らげられている。やっぱり、現金な奴らだ。
しばらくすると、桜庭さんがドリンクを持ってきてくれた。
「はい、ここに置くわね」
「うん~ありがと~」
「すごい群がりね……。それにひきかえあなたは一体何をしに来たの……?」
ネコを全く寄せ付けていない僕にジト目を向ける桜庭さん。そんな目を向けないで欲しい。これでも頑張ったんだ。でも僕はやっぱり都合のいい男でしかなかったらしい。
「ふーん」
一通りの経緯を話すと桜庭さんはあまり興味なさそうに呟いて近くのネコに指を伸ばす。
「ほら。こうやってまず指の匂いを嗅がせてあげるのよ。そうすると、ねこちゃんも安心してくれるわ。うん、いい子ね」
柔らかく、桜庭さんはネコを抱っこする。
「ふふ。可愛い」
桜庭さんはいつもよりもずっと優しい笑みを浮かべているように見えた。
「やっぱりネコ好きなんだね」
「ええ。好きよ。大好き」
今ならいいかなと思って聞いてみると、素直な答えが返ってきた。ネコは人の心をこれでもかというくらい解きほぐしてくれる。
大好きという言葉には少しだけ、胸がどきりとした。ネコに対する嫉妬みたいな心が生まれちゃったりも、するかもしれない。
「ぼ、僕もやってみるよ」
もう一度、先ほどの黒猫に指を伸ばす。おやつ分、好感度は稼げいているはずだ。
ゆっくりゆっくり、おそるおそる伸ばす。
そして直後、音がした。
「かぷっ?」
ネコが僕の指に噛みついたのだ。
「ぎゃー!?」
やっぱり、ダメだった。
僕はとことんネコに愛されない星の下に生まれて来たらしい。でも優月がすごく幸せそうだから。楽しそうだから。それならまあ、いいかなと少し思った。
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