第21話 幼馴染はどこまでも彼のために在る。
「――――翡翠くん!」
「うわっ!?」
黒木さんが去ると、すぐさま優月が抱き着いてきた。ぐりぐりと頭を擦り付けてくる。
夢中になってしまっていたが、優月もこの場にいたのだ。
「ごめんね。ごめんね。気づかなくてごめんね。辛かったよね。苦しかったよね。ごめんなさい。隣に入れなくて、ごめんなさい……っ!」
「いいよ。いいんだよ。隠したのは僕だし」
「でもぉ……」
「それに、優月は来てくれたし。すごかったよ、ほんと。あんな優月、初めて見た」
あんなふうに怒った優月も、啖呵を切った優月も、本当に初めて見た。自分のために怒ってくれる人がいる。それだけで、心が救われる。
泣きじゃくる優月の頭を撫でる。ずっと逆になってしまっていたから、少し新鮮だ。優月は涙で目を腫らしながら、恥ずかしそうに笑う。それからさらに、抱きしめる手を強めた。優月の温かさが、身体に、心に流れ込んでくる。
「少し、恥ずかしいね……。さっきのことは忘れてね」
「えー、むりだよ。忘れない。きっと一生忘れない」
それくらい、嬉しかったから。
「翡翠くんの意地悪ぅ……」
「意地悪じゃないって。ただ……」
その頭を撫でながら、精一杯笑って見せる。
「ほんとに、ありがとう。優月が幼馴染で良かった」
「……うん」
少し複雑そうに笑う優月。きっと、何も出来ていないとかそんなことを思っているのだろう。そんな幼馴染の頭をもっともっと、撫でる。
「ちょっとぉ、やめてよぉ。わたし、子供じゃないよ?」
「それ、僕だって何度も言った。でも優月はやめてくれなかったよ」
「あは……そういえばそうだったかも。こんな気持ちだったんだね……翡翠くん。わたしも……思春期かも……」
そう言いながらも、優月はまるで表情を隠すみたいに僕の胸に顔を押し付けた。
僕は優月の頭をずっと撫でていた。抱きしめていた。一杯の感謝と慈しみと、親愛を込めて。
「ねえ、あの子とはもうお付き合いしないの?」
「しないよ」
「そっか。そうだね。それがいいのかもしれないね」
「うん。きっと」
僕が言うと、優月は少しだけ考える素振りを見せる。それからまた、にこっと笑った。
「でもね、もしかしたらは、あるかもしれないよ?」
「……」
言葉を返せない僕に、優月は続ける。
「だって、わたしと翡翠くんも離れ離れだったけど今はこうして一緒に笑えるもん」
「でも、それは……」
「違わない」
否定しようとした僕を、優月は否定する。
「取り返しのつかないことなんてないと思うんだ。ふたりがこの世界のどこかにいるのなら」
「……うん」
「ましてや、ふたりはちゃーんと好き同士だったんだから」
「……うん」
「でもでも。なんにしても、翡翠くんのコイビト探しはまだまだ続くということだね! 選択肢は広げていかないと! 可能性は無限大なんだよ!」
「それ、張り切ってるのは優月だけな気がするよ」
「なんですと~? 翡翠くんももうちょっと頑張って! せっかく可愛い子が周りにたくさんいるんだから!」
ぷりぷりと頬を膨らませている幼馴染もまた、可愛い子の一人だ。僕は頷くように、微笑んだ。
そのうち雨が降り始めて、僕らは帰路につく。依然として、分厚い雲が僕らの行く先を覆っていた。気持ちとは裏腹に暗い世界を歩いた。
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