第34話 だから、引きこもりには伝えたいことがある。
夜も深まると、パーティーはお開きとなった。
後片付けもほどほどに、みんなには帰宅してもらうことに。残ったのは俺と優月の二人だけだ。準備はすべてやってもらったから、あと少しの後片付けは自分たちでと思ったのだ。
装飾を外し、食器を洗い、少しずつパーティー会場がいつもリビングに戻ってゆく。寂しいと感じた。いつだって、楽しい時間には終わりがあるもので。それは泡沫の夢のように、儚く消えゆく。
みんなで乾杯をして、ご飯を食べて、色々なことを話して、バカみたいに騒いで、ゲームをして。そんな時間も、今では遠い過去の記憶のよう。
だけどきっと、それはいつまでも色褪せずこの心に住み続けるものだ。
たくさんの優しさによって作り上げられたあの景色は、この心に焼き付いている。
アイナがいて。桜庭さんがいて。
ああでも、もしかしたら。まだ足りないものがあるとしたら。最後のピースがあるとしたら。心にその顔を思い浮かべる。俺はきっと、その日を待っている。いつまでであろうとも。
「ねえねえ翡翠くん」
片付けを終えると、二人で少しゆっくりしようかと話してお茶を飲んでいた。テーブルの向かいに座る優月がニコニコと話しかけてくる。
「楽しかったねぇ。びっくりだったねぇ」
「そうだね。みんなに感謝しないと」
本当に、感謝ばかりだ。優月もまた、同意するように深く頷いた。
それからまた、二人でお茶をひとすすり。至福の時間。幸福の残り香。
「翡翠くん翡翠くん」
「なに?」
「気になる子、できた?」
また、とても楽しそうに微笑んでいる優月。今度は少しモヤモヤした。
「……うん。できたよ」
「え? え? ほんと!? だれだれ!? 教えて!? 大丈夫だいじょーぶ絶対誰にも言わないから! わたしにだけ――――」
「優月」
勢い込む優月の言葉を遮るように、俺ははっきりと口にした。何の迷いもなく、その選択はなされた。
ぽかんと、口をあんぐりしている優月へさらに言葉をかける。
「――――好きだよ、優月」
その言葉――告白もやはり、するりと喉を通り抜けていた。
なんでもない世間話のように。だけれども、確かな想いを込めて。言葉は産み落とされた。
「あ、あの……そ、それって……」
「もちろん、幼馴染として」
「そ、そうだよねぇ。わぁびっくりしたぁ」
「そして、恋愛的にも。俺は野中優月という女の子が好きだ」
「……ふぇ?」
俺があのとき求めた、もう一つの選択肢。
みんながみんな、大切で。俺は決して、何もかもを捨てることが出来ない。すべてを抱えて生きてゆく。
それでも、俺が世界を敵に回してでも絶対に守り抜くと誓ったのは――――他でもない、野中優月なのだ。
あの日、あの場所で、優月が決めてくれた目標。世界を色づける。その言葉の通り、俺の世界にはたくさんの色が舞い込んだ。
そろそろ、次の段階へ進むとき。
俺はもう、恋なんてしないと思っていた。しなくていいと思っていた。でも彼女が、俺を惹きつけてやまないのだ。誰よりも、俺を射止めてやまない。
俺が
「どう、かな? 優月は、俺のことをどう思って――――」
「――――ひ、ひすいきゅん!」
「へ?」
「えとえとえとえっと、あのあのあのあのぉ! わ、わたし恋愛とかよくわかんなくって、おかしいよね翡翠くんにはあんなこと言っておいて。でも、本当に自分のこととなると分かんなくて……その、あのぉ……」
「ゆ、優月……?」
「ひ、翡翠くんの気持ちは嬉しいです。涙が出そうなくらいです。でも……」
優月はバッと立ち上がり、駆け出す。
「ちょ、ちょっと考えさせてください~~~~~~~~!!!!」
玄関の戸が開け放たれる音がした。
あっという間に、優月は家を後にしてしまったらしい。
「これは……フラれた、のかな……」
考えさせてくださいとのことだし、保留だろうか。これがもし前向きに検討します的なアレだとしたらフラれたようなものの気もする。
とにかく、俺は取り残されてしまった。でも、不思議と心は落ち着いている。
言うべきことを言えたからだろうか。後悔のない選択をしたからだろうか。
この世界は残酷だ。俺が見ていた世界は理不尽で、悲しくて、寂しいことに溢れていた。
しかし世界とは、それを見る人間によっていかようにも色を変えるものだ。もしかしたら、残酷を引き寄せていたのは俺自身なのかもしれない。
これから、どんな未来が待っているかな。
きっと残酷が消えるということはなくて、理不尽だってどこにでも潜んでいて。でも、それ以上の優しさで世界を包めたらと思う。
そうしたらほら、みんな笑顔だ。
その時は彼女が隣にいればいいなと、彩り溢れる未来の光景に思いをはせる。
ああ、そういうことだったんだね。
ひとり頷き、誰にでもなく呟く。いや、もしかしたらその相手なんて決まりきっていたのかもしれないけれど。届くはずもないから。
「きっともう、俺は大丈夫だよ」
届けばいいなと、願った。
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