第27話 過去に終わりはなく、闇は潜み続ける。
画面に映っていたのは見慣れた幼馴染の名前ではなかった。それは先日別れを告げたキミの名前。いつかの再会を誓ったキミだ。
少し迷ったが、通話を開始する。きっと何か理由がある。この数年間、キミが連絡をすることなんてなかったのだから。
スマホを耳に当てる。
「――――甘党くん!!」
そこから聞こえたのはキミらしくない慌てふためいた声。息もつかせぬ勢いでキミは続ける。
「甘党くんごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい! わたし……わたし……ぜんぜん気づいてなくて……っ。あの人たちがここまでするなんて思ってなくて」
「く、黒木さんなんだよね?」
「はい! はいそうです黒木です! ごめんなさい――――」
「うん、うん。まず落ち着いて。落ち着いて話くれる? さっきからぜんぜん何がなんだか……」
ひどく動揺している様子の黒木さんをなだめる。すると彼女は少しだけ落ち着いて様子を見せて、しかしそれから祈るように僕へ告げた。
「――――逃げてください……っ! そこから! はやく!」
「逃げるって、だから何が? 何から? やっぱりぜんぜん分からないよ」
しどろもどろな様子が消えない通話越しの黒木さんを問いただす。しかしその答えを聞く時間は与えられなくて。この世界の残酷は僕を逃してくれるはずなどなくて。
その時はやってくる。
「あれ~? そこのキミ~。甘党翡翠くん、だよね~? ちょっとそこまで、面貸してくれる?」
ごめんね~、とそう言いながらも僕が通話中であることを意に介した様子もなく、ニタニタと笑みを浮かべてこちらへ寄ってくる。
三人組の男だった。見覚えはない。明らかに高校生の風貌ではない。少なくとも、大学生以上。
そして何よりも明らかなこと。
彼らはたしかな悪意を持っていた。
「ごめん黒木さん。間に合わなかったみたいだ。でも大丈夫。大丈夫だからさ、キミは何もしなくていい。家でいつもの休日を過ごしなよ」
そう、よく話してくれた漫画や小説でも読んで。大事な休日を。この世界で数少ない癒しの時間を。僕のことなんて気にせず、満喫してほしい。
「じゃあ。ありがとう」
「待って! 甘党くんっ――――」
僕は通話を切った。
そして彼らを見据える。それはきっと、この残酷な世界そのものだった。
連れ込まれたのは人気のない細い路地裏だった。アニメなんかでありがちな場所。しかし実際に入ってみたことなんかなかった。こんな場所、本当にあるんだな。朧げにそんなことを思った。
そこで僕を囲う彼ら三人が始めたこと。そんなの、決まり切っている。
「オラ……よっっと……っ!」
「ヒュー! イイの入ったぁ!」
リンチだ。
僕は男二人から殴られ続けていた。一人、最初に声をかけてきた男はリンチに加わらず、煙草を吸いながら相変わらずニヤニヤと状況を見つめている。
頭だけはなぜか冷静だった。
抵抗はほとんど意味をなさなかった。体格の良い男二人を相手にこの前まで引きこもっていた男が何をしようというのか。もう、殴られるままになっていた。
身体の痛みなんて、どうでもいい。本当に痛いのは心だから。心を深くエグッた傷はそう簡単に癒えないから。苦しいのは心だ。僕の身体なんて、どうとでもなってしまえばいい。どうせ、何度だって消えてなくなってしまってもいいと思っていたのだから。いっそ殺してくれよ。
そんなことさえ思った。だけどその瞬間に、いくつかの顔を思い浮かぶ。どうやら僕はもう、そう簡単に死ねないらしい。
彼らは優月のことも探していた。あの場に僕しかいなくてよかった。
それならやっぱり、僕の身体が痛いだけで済むから。これくらい安いものだ。思う存分殴って、飽きたら帰ってくれよ。
「いやあすまんね~キミ。甘党君だっけ? ウチの女がさ、キミのこと気に入らないらしいだわ。なんかプライド傷つけられたみたいで」
愉悦に浸るように笑みを浮かべて、リーダーの男が語り掛けてくる。
「あいつ、今時珍しすぎるくらい自尊心の塊でさ~。何もかも自分の思い通りに、自分の描いたシナリオ通りに事が進まないと気が済まないんだよ。ほんっとめんどくせえよなぁ」
「何が……言いたいんだよ」
「いやあ? べつに。ただオレは、そんなめんどくせえ女を手なずけてるオレすげえって言いたいだけ」
「手なずけてる……? いいように使われてるのはどっちだよ」
「さあね。今回はオレも楽しめそうだったから好きにやらせてる」
まるで世間話だ。こっちは殴られ続けてるっていうのに。男は自分の好きなように、話を続ける。
「あんなやつが同級にいたら堪ったもんじゃないわな。同情するよ。オレだったらまず殴って殴って、言うことを聞く犬になるまで殴りつくすがね。まあ災害みたいなもんだ。あいつも、オレも。だから運が悪かったと思ってくれや」
「このクズども……」
「へっ。イイ誉め言葉だね」
勇気を振り絞った侮蔑も、軽くかわされた。
どれくらい殴られたのか。もう立つ気力はなかった。ただ地べたを這いずり、足蹴にされていた。
「なぁセイジく~ん。こいつもうつまんねえんだけど。動かねえし」
「そろそろ終わりでよくね~?」
二人が飽きを見せ始める。
それに対してリーダーの男、セイジは「まあちょっと待てよ」と手で制した。まだ、何があると言うんだ。さっさと帰れよ。もう限界だ。意識だって怪しい。血だって出ている。視界が狭い。
「おっ。キタキタ♪」
誰かの足音がして、セイジがこれまでになく嬉しそうに笑みを浮かべる。声が1トーン、不気味に吊り上がっていた。
……ああ、知っていた。知っていたんだ。だから、さっさと終わらせてくれと。そう願っていたのに。僕だけなら、いくらだって殴ってくれと。そう思ったのに。
「翡翠……くん……?」
野中優月はいつだって駆けつけてしまうのだ。僕を深い奈落から引き揚げてくれた彼女。僕のために叫んでくれた彼女。
今度も、彼女は……。僕は……。
本当の残酷が始まった。
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