第10話 エピローグ
魔人族との休戦協定は、何事もなく締結された。
意外だったのは、物資の交流を始めたいと言うことだった。
棲み分けが出来ていると言っても、それぞれの地でしか得られない物もあるみたいだ。
魔人が欲しがる物資を見ると、意外にも煙草を求めて来た。エルフ族からは得られなかったらしい。
まあ、私は煙草は吸わないので、その感覚は分からない。
それ以外にも、嗜好品の数々を求めて来たのには驚いた。
絶縁や戦争、差別・軽蔑などせずに対等に向かい合えば、互いに文化を発展させられたのだろうに。
多くの血を流してから気がつくのは遅いと思う。
まあ、これからの彼等の行動次第だろう。
魔人の使者が私の前に来た。この魔人はとても紳士的な人なので、好感を持っている。
「貴殿の強さには驚いた。人族に見えるが、もしや鬼人なのではないか?」
「私は、異世界人です。無理やりこの世界に転移させられた魔法を使えない、……ただの一般人ですよ」
「魔法が使えない? それでは山を両断したり、噴火させたのは魔法ではないのか?」
周りがザワザワし始めた。
今になって思う。結構とんでもないことをしたのかもしれないな。
「私は、魔法が使えませんが、魔力量はこの世界の誰よりも多いみたいです。そこで、魔力を『直接空間に作用させる方法』を取りました。厳密には『魔法』ではないですね。『魔力放出』が正しいと思います」
「魔力を直接空間に……」
概念の問題だ。この世界では誰も理解できないと思うので、ネタばらししても問題ないと思う。
その後、宴会が開かれて、魔人には帰って貰った。結構、友好的だったな。
◇
数日後、エルフ族の使者も来た。こちらも問題なく休戦協定が締結された。
ただし、魔人みたいに紳士的な態度ではない。嫌々、休戦してやると言わんばかりだ。
それと、私を睨んで来た。
戦争とは言え、大量虐殺は相当に恨まれているな。まあ、覚悟して行なったのだけど。
エルフ族は、宴会には参加せず、そのまま帰って行った。
こちらは、絶縁状態になりそうだ。だけど、魔人族に仲介を頼んで関係の良化を進めるように、王様に進言した。
◇
八十日目。
四人の勇者についての報告があった。
まず、火の勇者の遺体は帰って来たので、国葬とした。
その他の三人は捕らえられて王城に帰って来た。市民に石を投げつけられ、王族貴族から罵詈雑言を受けている。
だけど、処刑は避けるように進言した。
無理やり異世界転移させられた人達なんだ。
彼等は平民に落として、人知れず暮らすように王様に進言した。
この城で、今私に逆らえる人はいない。王様でさえ、私の進言に首を横に振ることはないと思う。
三人の『元勇者』は人知れず王城を後にした。まあ、魔法が使えるのだ。真面目に働けば、生活には困らないはずだ。
王様から、『英雄』の称号の授与式について話が出て来た。
この数日、何不自由ない生活をさせて貰っている。
だけど、そもそも私は無欲な人間だと思う。前世でも安い賃金で休日にはアパートに閉じ籠もっていれば、満足していた。
いや、欲を言えば『強い肉体が欲しかった』……か。病弱だった前世を思い返す。この世界に来て魔力にて身体能力の強化時に、心肺機能の欠陥部分を
回復魔法でもなく、『魔法による外科手術』に近いものだと思う。最大のコンプレックスは、この世界にて解消されていたのだ。
「依頼は達成したと思いますが、『英雄』の称号はいりません。それと、せっかくの異世界なので旅に出たいと思います」
「しかし、それでは我々はどのように貴殿に報いれば良いというのだ?」
「そもそも依頼して来たのは神様を自称する存在でした。依頼は達成したと思うので、報酬は神様に強請りますよ」
次の瞬間、【転移】が起きた。
◇
また、真っ白な空間だ。
「はい、は~い! ご苦労さまでした。気分はいかがですか?」
神様を自称する存在……。二十代と思われる女性が目の前に現れた。
ため息をついて、頭を掻く。
「終わったということで、よろしいですよね?」
「はい! ちょっと数が減りすぎましたが、これであの世界も安定するでしょう。特に最後の交渉は見事でしたよ。それにしてもキャラメイク無しで異世界無双するとは思いませんでした」
苦笑いが出る。やはり、私は期待されていなかったのか。
「あの三人は元の世界に戻さないのですか?」
「……あの三人には、褒美を与えるわけにはいきませんね。異世界で生きて貰いたいと思います」
「死亡した、火の勇者は?」
「頑張ってくれたので、元の世界の輪廻の輪に戻って貰いました」
彼だけは気の毒だったかもしれないな。
「さて、報酬の話をしましょうか」
困ってしまう。私は欲しい物が無い。大金も持ちたく無かった。大金を持てば、誰とも関わらずに引き籠もりになるのが目に見えている。物資の集積所での生活は、単純作業でも充実するということを教えてくれた。
また、前世にも興味が無いので生き返らせて貰うのも褒美として選びたくなかった。
「あなたの考え方の間違いを教えましょうか。人と言うのはですね、『幸福感』を求めて生きる生物なのです。あなたはそれが分かっていませんでした。環境が悪かったのは否定しません。それでも、異世界で少しは感じ取れたはずです」
思い返す。たしかに物資の集積所での生活には満足していた。
無理やり異世界転移させられて、労働を強制されたにも関わらずにだ。
あの時の私は笑顔で生活していたかもしれない。
「そこで考えておきました。あなたへの褒美は『少しだけの強運』とします。もしくは、主人公補正ですね。困った時には、周りが助けてくれる人生にしましょう」
「良く分かりませんね?」
「人が生まれて来る時に選べないもの三つ。親、家柄、体。あなたは、全て恵まれなかったかもしれません。それでも孤独ではない生活に幸福感を感じていたはずです。その対人関係が続くような人生を送ってください」
思いがけない報酬だった。
だけど、多分私に必要な物なのだろうな。『困った時には、周りが助けてくれる』か……。
少し苦笑いが出た。
そこで、意識を失う。
◇
気がつくと、アパートで倒れていた。
起き上がり手足を確認する。問題なく動いた。時計を見てそれほど時間が過ぎていないことも確認した。
足元には、木の枝が落ちている。まあ、お土産なんだろうな。
異世界で一番お世話になった物だった。
「でも、どうせなら
独り言を呟いて、木の枝を手に取った。
何時もの感覚で木の枝に力を込める。
……【空間切断】が発現した。
「あれ?」
空間魔法が無かった世界 信仙夜祭 @tomi1070
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