第8話 飛翔

 物資の集積所に帰ってきた私は、そのまま王城に向かって走り出した。

 今何かしら手足を動かしていないと、憎悪で塗りつぶされてしまいそうだった。

 とりあえず、何も考えずに走っている。


 数時間走ると、先程王城に戻る様に伝えた人達の馬車に追いついた。

 馬車に乗せて貰う。


「エルフ族と話をして来たのですが、休戦協定を結びたいそうです。この書簡の内容を読んで貰えないでしょうか? 私はまだこの世界の文字が読めないのです」


 読んで貰うと、たしかに休戦協定の希望書だった。

 魔人族に関してなにか書かれているか聞いたのだけど、それは書かれていないと言われた。

 魔人族をどうにかする必要があるな……。


 エルフ族の書簡は返して貰い、この内容を口外しない様に伝えた。


「先程攻撃を受けました。この書簡は、フェイクかもしれません。信用しないでください。それと魔人族の住処を教えて貰えないでしょうか?」


 話を聞くと、魔人族は北の山岳地帯に住んでいるとのことだった。特に雲より高い山頂に住んでいるのだとか。

 お礼を言ってその一行とは別れた。


 私には、まだしなければならないことがあると思ったからだ。





 五十日目。


 数日掛けて【飛翔】の訓練を行なっていた。正直言って、魔力のみで飛行能力を再現するのは難しかった。

 まず、〈浮く〉ことすら困難を極めたのだ。

 ヘリコプターのように推進力を二つ作ってみたけど、安定しない。火魔法や風魔法なら必要な推進力を得ることもできたかもしれない。いや、この世界では、エルフ族ですら飛べる者は少ないと言っていた。魔法に頼るのは止めよう。


 考えを重力操作に移す。これも広義には空間操作になるのだろうか?

 私に掛かっている重力を軽減していくイメージ。それを魔力で再現して行く。足が地面から離れ出した。

 ゆっくりと上昇し始める。

 ……目を開けると、雲海の中にいた。浮くことは、可能みたいだ。


 これで〈浮遊〉はできた。ただし、移動はとても遅いのでこのままではいい的だ。

 私の空間魔法には、爆発する機能は無い。推進力をどうするか。

 その日は、雲海の中で思索にふけった。





 五十二日目。


 雲海の中で瞑想していたのだけど、あるアイディアが思いついた。【収納】だ。

 目の前の空間を【収納】により〈圧縮〉する。この〈圧縮する起点〉を私から遠く離れた場所に設定したのだ。

 目の前の空間が、〈圧縮〉されると私はその起点に引き寄せられる。そして目の前の〈圧縮された起点〉を〈開放〉すると弾き飛ばされた。

 推進力としては申し分ない。だけど、操作が難しい。【収納】の〈圧縮と開放〉を短時間で行い、また、望む方向に進むために試行錯誤を繰り返す。


 それと同時に、〈浮遊〉の訓練も始めた。高度を変化させて空中を自在に動く訓練をして行く。

 『飛ぶ』というのは難しい。前世の飛行機という乗り物は、いくつもの複雑な装置なしには動かないことが理解できた。

 飛行機は、人類の英知の結晶と言っても良いかもしれない。





 五十五日目。


 まだ訓練したいけど、とりあえず思い通りに〈飛ぶ〉ことが出来るようになった。

 【飛翔】の訓練だけで、もう数日使っている。

 今はエルフ族と話し合いを行なっているのだろうけど、魔人族が人類領に攻め込んで来たら終わりだ。


 そういえば、王様はこんな状態で、なんで戦争などしかけたんだ?

 人族と比べれば、エルフ族や魔人族はとても優秀だ。他種族に比べれば人族の優れた点は数くらいしか思い浮かばない。

 そして、私がこの世界に呼ばれた理由……。

 出来れば、エルフ族と魔人族の絶滅は避けたい。全種族戦争が出来ない状態まで追い込み、一時的に休戦させることが一番速いと判断した。その後は、私は関与しない。


 そんな事を考えながら、北に向かった。


 『飛べる』というのは、やはり素晴らしい。私は魔力量が桁違いに多いので、『走る』のだけは、この世界でも一番かもしれないと思っていた。だけど、『飛べる』となると速度が異なる。

 『走る』数倍の速さで移動して、魔人領に入った。


 そのまま進んで行くと、私を見つけた魔人族に見つかった。

 まあ、見つかるように飛んでいたのだけど。


「止まれ! 何者だ!」


 一応、その場で静止する。複数の魔人達に囲まれた。

 私を見て、魔人達が驚いていた。まあ、そうだよな。飛ぶ人族は始めてだろうな。そして、魔人族より速度が出ている。


「エルフ族との戦争に加担していた者です。そうですね、元日本人です」


 魔人達が驚いた後に、刃物を向けて来た。

 私も、木の枝を抜く。


「なにしに来た!」


「エルフ族の休戦協定の書簡を渡されたのですが、魔人族から襲撃を受けました。魔人族の一番偉い人に会わせて頂けませんか? それで終戦に持って行きたいと考えています」


 魔人達が嗤い出した。


「人族との休戦協定だと? 我々がその気になれば、人族など何時でも絶滅に追いやれたのに。棲み分けが出来ているので見逃してやっていたが、対等な関係のつもりなのか。傲慢がすぎるぞ!」


 そう言うと魔人達が襲いかかって来た。


「はぁ~」


 ため息しか出なかった。どちらが傲慢だよ。

 単純に武力が上だと教えてやれば、良いのかもしれないな。



 空間魔法:空間断絶



 魔人族の全ての近接攻撃をあえて受ける。刃物が全て折れると今度は魔法で攻撃して来た。しかし、私には届かない。

 全力だったのかな? 少しすると魔人族の攻撃が止んだ。

 肩で息をしている。


「魔人族の一番偉い人に伝えてください。日暮れ前になったら、無差別に攻撃し始めます。休戦協定に応じる気になったら白旗を振ってください」


 その魔人達はバラバラに逃げて行った。

 自分でも甘いと思うけど、エルフ族の軍隊に行なった無差別殺人よりは良いだろう。


 これから、戦えない人に攻撃を仕掛けるのだから……。

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