第4話 混乱

 司令官が、〈司令台〉に上がると、静まり返った。


「前線が崩れて、壊滅した! 今日からここが人類の最前線である! 王城に援軍を求めたので、三日もすれば新しい兵士が来る! 諸君達の奮戦を期待する!」


 バカなのかと思ってしまった。

 ここにいるのは、兵士になれなかった〈戦えない人達〉だ。ただの労働者なんだけど。

 戦端が開かれれば三日どころか、半日も持たないと思う。

 周りを見ると、皆青い顔だ。これはダメだな。逃亡者続出だと思う。

 その後、内容のない司令官の演説を聞いて解散となった。


 自分のテントに戻って荷物の整理をするか。

 そんな事を考えた時だった。


「『無の勇者』よ、頼みがある……」


 久々に、『勇者』と呼ばれた。

 振り返ると、司令官がいた。司令官が直々に私に声を掛けてきたのか。

 嫌な予感しかしないよ。



 司令室へ通されて、頭を下げられた。

 司令官以下、将兵は全員が私に頭を下げる。


「我々にはもう手がない。勇者殿、どうかこの窮地を救って欲しい」


 そう言われてもな。

 私も戦ったことがない人間なんだけど。エルフ族のことも知らない。何より、魔法が使えない。


「私には無理ですね。逃げたと聞いた他の三人の勇者を探した方が、まだ生き残れる可能性が高いと思いますよ? それとですけど、本当に逃げたのですか? 少し前までは優位に立っていたと聞いたのですが……」


「ああ……。定期連絡は行なっていたので、三人の勇者が逃げたことは確かだ。火の勇者が死亡した事と、風の勇者が火魔法により防戦一方になっていると連絡が来ていた。四人の勇者は何かしらの連絡手段を持っていたようで、三人同時に姿を消したと連絡を受けている。その後、砦が陥落した。そして、一度戦場から逃げた者は、もう剣を取れない。心が折れてしまっているのだ。そんな者達に命を預けられない」


 ため息しか出ない。多分、電話か念話のスキルを持っていたんだろうな。

 私には教えてくれなかったけど。

 司令官を見る。

 日が経つに連れて、私のノルマを嵩上げしていった人だ。最終的に、塹壕まで作らされた。

 まあ、考えなくても分かる。王様からの命令だったんだろうな。

 私は一回も戦わないで『英雄』の称号を得る可能性があったのだ。

 殺さないまでも、何かしらの失敗を理由に称号の剥奪を考えていたんだろうな。


 どうするか……。逃げるか、戦うか。


「今降伏した場合は、どうなりますか?」


「人類領は、破壊の限りを尽くされるだろう。絶滅まで追い込むかは、エルフ族の気分次第だが、隷属させられるのは避けられない。エルフ族は気位が高いのだ」


 四人の勇者が現れた時点で、休戦協定を提案すればよかったものを……。


「ちなみにですけど、戦争の発端は知っていますか?」


「……誤ってエルフの住む森を焼いてしまったのが、そもそもの理由だと聞いている」


 ……ね。

 まあ、真偽の程はどうでも良いか。


「少し考えてさせてください」


 そう言って、司令室を後にした。





 今私は見張り台から、戦場の方向を見ている。

 各勇者が守っていた砦から、煙が出ていた。砦が落ちたのは間違いないと思う。


 逃げて来る人がいないことが気になるな。砦を囲まれた? 待ち伏せされた? 色々な思考が頭を過る。

 だけど、全滅したのだけは確かなんだろうな。

 勇者達は、どうなったのだろうか? 本当に三人は逃げたのだろうか?


 エルフ族の軍隊は準備が出来れば、間違いなくここに来る。そしてここが抜かれれば、次は王城で決戦か。

 下を見ると、皆身支度を行なっていた。

 戦う意思を持つ人は少ないと思う。だけど、これは責められない。彼等は兵士ではないのだ。低級の魔法で戦おうとする方がバカだ。私も逃げたいと思っているし。



 考えが纏まらなかった。

 結局、見張り台で一晩過ごしてしまった。今日は見張り役ではなかったのだけど、結局砦を見張り続けてしまった。

 そして、朝日が昇る。


 朝日と共に、エルフ族の軍隊が進軍して来るのが見えた。

 軍隊の数は、この物資の集積所にいる人の数倍だ。これは、防衛戦は無理だな……。

 勇者のいた砦には、かなりの兵士数がいた。

 全て集めれば、目に見えるエルフ族の軍隊よりも多かったと思う。

 戦術一つで簡単に数の有利を覆されてしまったのか。


 物資の集積所に警報が鳴り始めた。

 私以外の人にも、エルフ族の軍隊が見えたようだ。

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