第17話

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君はまた、夜遅くに電話をしてきた。

本当に愛って面倒よね、結婚なんて所詮人類繁栄のための手段でしかないじゃない、妻子持ちも休日にお友達と遊びにいくくらいは許されて欲しいわね、と君は眠たそうに言った。まあきっと、君の友達はいわゆる「まとも」で「ポジティブ」な人間だから、昨日の女子会でまたなにか少し思う事を言われてしまったのだろう。


私にはよくわからないけれど、お互いに永遠の愛だかなんだかを誓い合った仲なんでしょう、そんなに触れられたくなかったなら常に檻の中にでも詰めておきなさいよねぇ。まあ、檻なんて手を伸ばせば触れ合える物でいいのかしらと思うけれど。もっと全面を覆うような、外界の空気を吸うことすら困難なものの方が良さそうね、ふふ、コストで選ぶなら衣装ケースに鍵でもつけておくのがオススメね。まあ、家庭に献上すべきもの、つまり労働や家事の時間だったり本来入れるべきお金を挨拶の一秒でも割り勘の一円でも相手が私に使ってしまっていたんだし、それは悪いことだと思うわ。そうねぇ、「パパ」とやらは、週の休みの二日間も家事や子供の世話が義務だって言われるって聞いたわ。仕事の時間以外は家庭に使うべきだって考えも、まあ、苦しい人が増えるだけでしょうけれど、否定はしないわ。人口も増えるって思えそうでいいじゃない。だから確かに悪かったの、大切な家のためのその人のココロを奪ってしまったことは。ふふ、だけど私は愛することをやめられないの。だって私は何もねだらないもの、私は好きな人を好いているだけでいいんだもの。あなたが何をしようが関係ないのよ。眺められるだけで大満足よ、ただ思わず見惚れて、呟やいてしまったら返事がきたから、私もそれに答えただけよ、それを繰り返しただけじゃない。私が愛してるからあなたも愛してよだなんて、ふふ、愛を何かと勘違いしているのかしら、笑っちゃう!



ふふ、ふふ!と君はまるで酔っぱらったように笑った。ああ、きっと、君は妻子持ちと仲良くなってしまったんだな。一番たちが悪いのが、君は隣の芝が青く見えるわけではないし、リスクにも興味がないことだ。秘密の関係や、略奪を楽しんでいるのであれば、相手も君のせいにして、思いっきり罵れるのになあ。愛が一方方向でしかないと信じる君には、きっと「他人を奪う」という概念は頭でしか理解できないのだ。


君は自分の考えを真っ向から否定されるのが嫌いだ。それもまだ、筋の通った否定ならきちんと謝るし、受け止められる。しかし情だとか雰囲気だとか、「そういうものなんだから」なんて言葉で否定されようものなら君は真っ向から食ってかかる。普段は柔らかくおとなしい君のことだ。相手はすごく驚くし、時には全身を広げて威嚇し、ありったけの力で噛みつこうとする。だが、一度君に狙いを定められたら、気づいた時にはもう遅い。どんな抵抗も虚しく強靭な牙にしっかりと捕らえられ、抵抗虚しく暗い水の中へと引きずり込まれていく。

君は愛を契約に使う事が大嫌いなのだ。信じてたのにとか、私のこと好きって言ったじゃないだとか、そう言った言葉の意味が理解できない。誰かにそれは違うと言われようものなら、愛にそんなに制限を設けて、自他共に縛り付けて、苦しがって、何をしたいのかしら。辞書ってご存じ?言葉の意味が書いてあるから、少し難しいかもしれないけれど、読んでおくのをお勧めするわ!とか煽りかねない。困ったものだ。



そう、それだから君はとってもまっすぐで、自由で興味深くて、魅力的な人に見えてしまうんだ。

好きだと思ったらすぐに伝えるし、悪いことだと言われたらきちんと謝る。全ての大人達ができなかったことを、君は大人になっても純粋にやり続けられるんだ。皆羨ましいんだ。嫉妬も強欲も憤怒も、君のまっすぐで力強い表現の前ではパンッと弾けて消えてしまう。


こんな気持ちを抱えた僕には君の悪さを指摘することも、君を更生させようなんて気も起きないんだ。もっとも、そんな気を起こそうものなら、君はすぐに僕との細い細い縁をプチ、と切ってしまうのだろうけど。

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