第15話

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君に会えない時はほんの些細なことが君を思い出させる。僕は冷凍庫の奥に転がる小さなバニラアイスを見つめて考えていた。


それはいつのことだったか、今日みたいに何かを羽織りたくなる、そんな気温の日だった。その日は夜に、それぞれ別の相手と食事を済ませてから君と会うことになった。偶然同じ駅にいたからだ。近くの公園に集合することになって、僕は君の好きなバニラと、チョコのアイスを買って君と落ち合った。



僕は、バニラアイスを食べている君が好きだ。それも、200円も払わず買えるような安物なんかで大喜びする君のことが。



君は目をまあるくして、わ!バニラアイス、ありがとう!と言い終わる前に蓋を開けきる。スプーンを子供のように手をグーにして握り、ぐりぃっと差し込んでは、ぱ、と持ち上げ、ほんの一瞬だけ伏し目がちにアイスを見つめ、口の中につぅと滑らして食べる。

一連の動作にあどけなさと官能的な魅力が詰まっていて、アイスを目にしてから最後の一口を飲み込むまで、一瞬たりとも目を離せない。思わず口を閉じるのも忘れ、その美しさに魅了されてしまうのだ。

時折、なに見てんの、溶けちゃうよー、なんて僕を笑ってはまた真っ白でぴかぴか光る君に戻る。ほんとだ、と焦ってアイスを食べ進め、また目を戻すと、君は薄闇にふぅ、と艶めく妖艶な君となっているのだ。

まるでカラクリ箱を見ている気分になる。仕組みが理解できずに驚く。いつ変化したのか?どこからがそっちの君なんだ?僕は君にも分からないであろうことを君に聞いてしまう。君はなんとも不思議だが、どうしてなんだろう。考えてもわからない。そう小さくつぶやく僕をチラリと見て、悪い魔法にかけてるからね、と黒の君がアイスを滑らせながら返事をする。悪い魔法?と聞き返すと、ふふ、騙してるんだよ!と白の君がスプーンを僕に向けて答える。悪戯っ子のようにシシ、と笑ってスプーンを杖に見立て、僕の前で丸を描く。ああ、くるくると変わる君に僕に夢中になってしまう。


君は僕からの好意を直接受け取りたがらない。好意に答えるなんてことは君にはできないんだろう。イエスかノーか決めなくてはいけない時が来るのを拒んでいる。多分君は永遠にノーと答えるくらいなら、僕との縁なんて断ち切りたいだろう、そのくらい君を苦しめることは分かっている。

僕の危うい告白をかわす君は、ゆらりゆらりと波間を舞う人魚のようだ。見上げれば、君の姿が影になり、かと思えばゆらめく光を浴びて、僕が目で追う間にあっちへこっちへ笑いながら遠のいていく。魚も人間も美しいと思うから、ニつを併せ持つなんてさぞ美しいことだろう。でも、僕には、その二つの境界線は見えないんだろう。君の尾びれが生み出す柔らかな水流も、小さな魚達と遊ぶ可愛らしい指先もよく見えるのに。



もう秋だね、アイス食べたら寒いや。


君が少しの沈黙、僕にとっては長い黙考であったが、その後に小さくため息をついて言った。街灯が僕らをきっかりと照らした。そうだね、この木も葉をすっかり落としたなあ、と僕が見上げると、君も同じく上を見る。

君と共に移り変わる季節を楽しめたら、僕は幸せだ。それだけでいいんだ。僕は君のことが見えるところに突っ立って、回る世界で走る君を見ていられたら、それだけで世界一の幸せ者なんだ。



そう、実を言うと、この小さなバニラアイスは、僕の少しのやましさを閉じ込めたままずっと冷蔵庫の奥で眠っているのだ。

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