第8話
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君のことを一度知ってしまった私は、もう元には戻れなかった。
恋煩いが、僕の脳内をネズミのように音を立てて駆けずり回る。キーキーと甲高い鳴き声や気に触る足音だけはするが、まるで本物が見当たらない。どうするべきか。本物の正答とは何か。ああもう、なんだってんだと別のことに没頭しておこうと2、3駅歩けば、ふと地面に散らばった百日紅の花たちに君のまあるい目や優しい笑顔が思い起こされる。君は幾度となくあの花が好きだと言ったな。こんなに小さいけれど、一つ一つが可愛らしいじゃない。イヤリングにでもして揺らしたいくらいだわ。君はまだ踏まれてない、綺麗な房を一つ手にとって僕の顔の前に差し出したんだ。ほら、ね?そうしてそのちいさい耳のそばに寄せて、イヤリングが風に揺れるように揺すって見せた。なんだって似合うんだろうけど、君が選んだそれが、その瞬間の君には1番よく似合っていたよ。そう伝えられたかは覚えていないけれど。
いつだってまるで私を嘲笑うかのように、君と共にいたという記憶、そして君が生きる場所全てが君をちくりと思い出させては、また頭の中でバタバタと余計なことが走り出す。そして、ようやく疲れた頃には、君に手紙を出す一歩手前だったりする。僕はポストの口を1、2秒見つめて、こんなことされたって君は迷惑だろうなと気づく。手紙はレシートやらと一緒にコンビニのゴミ箱にねじ込んだ。
あぶないあぶない、まだ君を好きでいたかったんだった。
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