第14話

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君はいつものように規則的な生活に限界を感じたのか、僕と遅くまで電話をするようになった。もういいの、午前中なんて考えは捨てるわよ、Wi-Fiは無料なんだし、と君はやけになって、電話越しにはその小さな頬が膨らんでいるんだろう、そう言い捨てた。

まあ、別分野の大学院を受験したいそうだから、英語の検定や資格試験、院試の対策などに追われているからラッキーよ、なんて君は寂しくない素振りを見せた。僕はなんとなく君が仕事とは別のことで悩んだり忙しそうにしているのを見ていたから、そんな大きな目標があったのかと驚いた。しかし、その部分に僕が触れてしまうときっと君は溢れてしまうんだろう、君の中で解決したいんだろうと思い聞くことはなかった。君は表面張力でギリギリ保たれたコップみたいなものだから。ちょいと触れたら容易く溢れてしまうだろう。


人と話すことが大好きな君が、こんな孤独な空間に閉じ込められるだなんて、僕は不安で仕方なかった。きっと、もうすでに仕事を強制休職になった時点で君の心はボロボロなのに、その上さらに隔離されるときたら君はいよいよ壊れてしまう。壊れたら、僕がその瞬間に包みこんで、自力でくっついてもう一度立ち上がれるまで待つつもりだが。君がそんなこと、君に許すだろうか。



案の定、君は途中から泣いていたようだった。

いつもそうなのよ、私は馬鹿だから、逆風が吹いている方へ突き進んでしまうの。その先に一瞬でも輝くものがあったら、行かざるを得ないでしょう、それが実際美しくなくたって、ゴミだったりしてもいいのよ、それが何かを知れること、それに対して何かをまた考えて、次の方向を決められることが嬉しいんだから。でもやっぱり、逆風っていうのは厳しいものよね、重たいものや尖ったものも飛んでくるし、たまにはぶつかって、痣ができて、刺さっては血を流して。そうして硬く、歪になった皮膚を携えて、強く、強くなったらもっと美しいものに出会えるんだろうなって思ってるの。だから私はいつだって道中に苦しいことを見つけたら、ああ、私に当たるんだと両手を広げて、そうしてまた耐えて、痛みに足掻いて、やっとのことで見つけたゴミ達を洗って、磨いて、時には直してそっとリュックサックに入れてまた共に苦しい旅に向かうのよ。私は神様に愛されてるのよ、だからきっと、こんなにも強くなれたのよ。逆風へと好きで突き進んでるわけではないのだけれど、なんでかしらね。きっと私が馬鹿だから、パッと頭が働かないから、キツいことをしたら報酬がまってるって思ってしまうのね。そんなものは成功して、振り返って初めて輝きだすのに。成功なんて一度もなかった私には、ガラクタしか手に残ってないわ。そう、だから私は好きなものを好くことしかできないの、誰かに何かを与えるだなんて高尚なこと、考えるのだっておこがましくて、実際そんなことしようものならきっと何か痛い目に会うの。いつだって、いつだってそうだったからね。ふふ!知っているでしょう?私の大好きなあなたは。



君は何かを祈るようにつらつらと言い続けた。君は部活や予備校での無能扱いや受験の失敗、卒業制作での低い点数を、あの努力に見合わない評価たちを、ずっと心に置いてあげている。あんなもの、馬鹿ね、くだらない審査員だったわ、なんて言って捨てればいいのに。しかし君にはそんなことはできない。それら全ても、君が追った美しさの先で見つけたもの達なのだ。その鱗のような、鎧のようなザラついた硬い表皮で覆われた心は、純粋にも美しさを、そして好くことを求めている。確か君の好きな動物はサイじゃなかったか。君はあの皮膚や荘厳なツノ、力強く大地を踏み締める脚、物静かな顔立ちに憧れていたような。塩分を求める習性があるの、私も好きなのよね、なんて笑ってたな。そんな習性、似てどうするんだろうと思ったけれど、よく涙を流す君にはぴったりなのかもしれない。君は汗はあまりかかないようだけれど。


憧れるまでもないよ、君もそうなんだ。

君の強さは、君は気づいていないようだけれど、多くの人を魅了しているんだ。何も恐れずまっすぐに、見返りを求めずに進む君が美しくって仕方ないんだ。手を伸ばしたら何かに噛みつかれるかもしれない。一歩先は崖かもしれない。足場はぬかるみ、時には底なしの沼に落ちて、汚く傷だらけになりながらも歩みを止めず輝きを失わない、他でもない君が一番美しいと僕は思う。

何度か君にそう伝えたが、根本から理解できないのか、話の途中で飽きては手弄りを始めてしまう。そんなことないよ、でも嬉しい、ありがとう。君はいつも僕の話の途中でそんな英語の定型文みたいなことを言い話を変えたがる。


好きな人に好きな理由を存分に伝えたっていいだろ。僕は毎回少し苛立ちつつも、仕方なく君とまた別の話を始める。


君はいつか、君の美しさに気付けるのだろうか。気付かないまま、さらに美しいものを探して、いつかは壊れて溢れ出るか、または擦り切れて、目に灯った火を絶やしてしまうのではなかろうか。


僕はそう考えると危うく手を伸ばして、君をこの身体を使って抱きしめたくなるんだ。君はきっと少し眉を下げて、ばーか、違うでしょう、といって逃げるだろうけれど。

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