第19話

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君の資格試験が近いこともあり、何週間か君には会えていない。君は例の流行りのウイルスのためのホテル療養から数週間経ち、致命的だった出費を補うためにバリバリ働いているはずだ。その上試験の勉強もあるのだから、君から連絡が来なくたって何もおかしいことはない。僕から連絡をさほどしないことも、至って普通のことだ。



そうして気がつくことなのだが、僕はやはり何かに苦しみもがき強く歩む君を求めてしまうのだ。君が順調であれば、僕だって嬉しい。安定が1番の幸福だって誰かが説いていた気がする。しかし、僕はぐちゃぐちゃになった感情を必死でかき分け、やっとこさ息継ぎをするような君を見たいのだ。

まるで顔も手も絵具まみれの売れない画家のような。コートで転んでもすぐに立ち上がりボールを追いかける選手のような君を。

君は擦り傷についた泥や跳ね返った絵具なんて気にもせずまた前を向く。その目はきっと滾るように熱く、結んだ口元は太陽なんか比じゃないくらいに眩しくて。


僕は素晴らしい人間ではないから、君を見ていて、僕も頑張らないと、とは思えない。目的があるか、それを愛するかでしか行動はできないけれど、僕はその燃える君が愛おしくて仕方がない。

君の小ぶりで、そして苦しいと声をあげられないよう縫われた口の糸を少しずつ解きたいんだ。始めは痛いかもしれないけれど。苦しみ中毒の君ならきっと楽しめる。心の痛みは精神の安定を保つって、君はぐしゃぐしゃに笑いながら言っていたし。


一服の時間にぼーっと考えていると、君から急に、引越ししたいんだよね、というメッセージがきた。

今日は残業が確定しているし、君も夜は仕事だろうから、連絡が取れるのは明日になってしまうかな。引越しか。僕もちょうど考えていたところだ。君と物件を探しにいけたりして、なんて楽しみにしてしまう。これ以上考えると何も手につかなくなるから、今日はこれ以上考えないでおこう。

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