自分が何を食べたいのか最早わからん悪役令嬢

(空腹感……があるような気がしますわ、

 何か食べないといけない……とも思いますわ。

 私は一体何が食べたいんですの……?)


時計の針が12時を刺し、とりあえず外に出てみたはいいものの、

ミホス・アンカディーノは自分が何を食べたいのか全くわからない状態にあった。

身体が空腹ならば、何でも良いから食べれば良い。

心が空腹ならば、望むものを食べれば良い。


だが、身体も心も明瞭に空腹感を訴えない。

ただ食事をしなければならないという焦燥感だけがある。


雲ひとつない青空であった。太陽の日差しを遮るものは何もない。

ミホスはじりじりと熱に焼かれながら、思考を始める。


(ラーメン、炒飯セットに海老餃子を付けて……あきまへん、この前食べたわ。

 ならば二郎系……?野菜を盛れるだけ盛り、チャーシューを増す……?)


ラーメンの上に山のごとく盛られたシャキシャキとした野菜を、

濃い味のスープにくぐらせて、口に運び少しずつ山を崩していく。

野菜が減ったら、麺を啜る。

太麺である、他所のラーメンとは食感が違う。

合間に、チャーシューに齧り付く。

肉厚のチャーシューは、一口囓っても、まだその底を見せない。

チャーシュー増しならば、その分厚い肉塊が何個も転がっている。

味玉を付けても良いだろう。

野菜、麺、叉焼、味玉、汁。

ひたすらに食べ続けるのだ。


ミホスは二郎系ラーメンに挑む自分を想像し、しかし違うように思えた。


(焼肉……?焼肉ランチは1000円いかない、そこから焼肉の小皿を追加……

 ご飯はおかわりし放題……悪いわけやあらへんけど……)


焼肉を食べて後悔するということはない。

ホカホカの白米をにんにくを溶かしたタレを付けたカルビと一緒に頬張る。

肉があれば米はいくらでも食べることが出来る。

米があれば肉はいくらでも食べることが出来る。

食べる意思があれば、焼肉屋に永久機関が稼働するのだ。


だが、焼肉というのも違うように思える。

だが、ガッツリ系とは逆にざる蕎麦や冷やし中華と思えば、

それも正しいものであるとは思えない。


(なんもわからへんわ)


答えを求め、ミホスは散策を始める。

もしも、ミホスが東京と呼ばれる異世界の首都に住んでいるのならば、

思いもよらぬ飲食店に飛び込んでみることが出来るのだろう。

ミホスの実家があるシェモセキでも良い。

大学生の資金力があれば、

見たことがあるだけで入ったことのない店に挑むことが出来る。


甘いものが食べたい時やしょっぱいものが食べたい時、

身体は必要な栄養を求める時に正確なサインを出す。

ならば、何を食べたいのかがわからない時、

自分の知らない何かを食べたいのだろう。


ミホスは見慣れた町並みを歩きながら、考える。

行ったことがある飲食店、食べたことのあるメニュー、

食べ飽きたというほど、食べたわけでもない。

それでも知ってしまっている。


食事に冒険をする必要はない。

だが、食欲は曖昧な形で安寧を否定する。

一体、自分は何を食べたいのだろう。


わからない。

ならば、ミホスはコンビニに飛び込み、ビールを買う。

そして、つまみも買わずにビールを一息に煽る。

かいた汗の分を取り戻すかのように、ビールを呑む。


人生に明瞭な答えが出せたためしなど無い。

人生に必要なのは上手な誤魔化し、ただ、それだけだ。

ならば、ミホスはビールを呑む。

酔うのだ、何もわからないならば――全てわからなくなるしかあるまい。


ビールで勢いをつけ、家に帰る。

暗い押入れに潜り込み、布団を被る。


自分が何を食べたいのかわからない、どうせ答えは出ない。

ならば、答えは唯一つ。

酒を呑んで寝る、これしかあるまい。

腹が減れば何かしら食べたくなる。


未来を夢見て、昼間からぐっすりとミホスは眠る。

丁度スーパーの惣菜が半額になるぐらいに目覚めることを祈って。

スーパーの半額惣菜ならば、じゃあ別に良いかなぐらいの気持ちで食べられるから。

結局、安ければ自分を納得させることが出来るから。


人生の絶対の答え。

どれだけ他人に裏切られようとも最後まで信じることが出来るもの。

寿司とカツ丼と刺身という意味のわからない組み合わせを許容出来る究極の存在。


スーパーの半額惣菜を夢見て、ミホスは眠る。

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