実家を追放された悪役令嬢、コストコに異世界転移する(後編)
ミホスは重量感たっぷりのショッピングカートを動かし、エスカレーターに乗った。
ショッピングカートに合わせた巨大なエスカレーターである。
段差が無い。
坂道の動く歩道といった風情である。
エレベーターもあるが、
このエスカレーターの方がコストコに来た感があって良いとミホスは思っている。
ゆっくりと下っていくエスカレーター、とうとうミホスは一階へと辿り着いた。
入口付近では、店員が会員証の確認を行っている。
コストコは会員証を持たない者の存在を許さない。
だが、幾つかの抜け穴は存在する。
例えば、会員と一緒に入店する場合。
例えば、ワンデーパスを持っている場合。
だが、ミホスには一緒にコストコに行ってくれる会員もいなければ、
非売品のワンデーパスを持っているわけでもない。
(こういう場合の攻略法として、
好きなだけ買い物を楽しんだ後退会するという方法がありますわ!
コストコの年会費は退会することで返ってくるので、
一年の再入会禁止ペナを背負う代わりに実質無料入店が可能になりますわ!!)
安全な攻略法は存在する、しかしミホスは心の中で叫んだ。
(しかし、それは逃げの発想!!
退会するのは、
マンガアプリで特典貰うために変なサイトに登録するときだけで十分ですわ!!)
ミホスは財布の中から会員証を取り出し、店員に見せつけた。
会員であったか、ミホス。
しかし、月の生活費が3万の悪役令嬢がコストコに払う年会費を有するというのか。
(家族カード……お母様がコストコ会員になったついでに作らせて貰いましたわ。
年会費を払うのはお母様!!私ちゃうわ!!)
母親がよくわかっていない間に、自分の分の家族カードを作る。
悪役令嬢ミホス・アンカディーノ――家族すら食い物にする邪悪であった。
母の日に花を贈れば、彼女はあらゆる悪辣をチャラに出来ると思っている。
かくして悪役令嬢はとうとうコストコに侵入したのだ。
(コストコ……倉庫丸出しの無骨なデザインですわ。
商品が箱で積み上がり、種類によって店舗が別れているなどということはない。
食品も電化製品も家具も全部、会計は同じレジですわ!
このアメリカンさ……現代日本人にとってはコストコこそが異世界でんな!)
全にして一、一にして全――そのような言葉を聞かれたことはあるだろうか、
ヨグ=ソトースと呼ばれる、あらゆる時空に偏在する邪神を指した言葉である。
しかし、近年の研究においてヨグ=ソトースの正体とは、
コストコではないかとも言われている。
確かに一つの商店に全てが並び、全てを一つのレジで会計する様は、
かの邪神、ヨグ=ソトースに酷似している。
言われてみれば、徐々にコストコ会員証も銀の鍵に見えてきただろう。
人間の叡智は神にすら並ぶというのか。
人間は果たしてどこへ向かおうとしているのだろうか。
その答えは未だ明らかにならない。
ミホス・アンカディーノは山と積まれた電化製品を無視し、食品コーナーに向かう。
目当てはコストコの豊富で領の多い食品か――否。
「お車大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわ」
ミホスは試飲コーナーに赴き、ワインを飲み干す。
少々の酔いで勢いをつけ、そのまま別の試食コーナーへと赴く。
新鮮なネイビーオレンジで口を洗い流し、アップルパイで更に甘さを満たしていく。
(コストコの特徴として……試食が豊富なことが挙げられますわ!!
なにせ、コストコの商品はピッグまっしぐらの超ビッグサイズ!!
チョイスミスでkg単位の地獄をいつまでも抱え込むことになりますわ!!
そのための試食コーナーの豊富さやわ!!)
試食が豊富な理由はミホスの推測であり、正確なところはわからない。
だが、コストコはとにかく試食が多い。
「卵焼き美味しいねん!!」
ミホスはそのまま寿司用の巨大な卵焼きを試食。
分厚く、甘い卵焼きである。
弁当にあったら唐揚げをも超えかねないほどの迫力であった。
「めかぶウマッ!」
さらにめかぶをちゅるりと飲み込む。
酢による味付けがされていないプレーンなめかぶである。
酸っぱさに対する苦手意識があったミホスも、これには満足である。
「これ水餃子でしたの!?」
そして、水餃子用の餃子を敢えて焼き餃子にしたものを食べる。
コストコは応用技も容赦なく使うのだ。
ひとしきり試食を楽しんだミホスは、とうとう本腰を入れてコストコに挑む。
(食品コーナーのすぐ横に、自転車が群れをなしている……
その境界線の無さが、コストコの面白いところでんなぁ……さて)
ミホスに何か具体的に欲しい物があるわけではない。
だが、欲しくもなかった物が欲しくなるのがコストコである。
もうミホスは試食した1kgある餃子が欲しくて、欲しくて、たまらぬ。
ミホスは気持ちを抑えて、コストコの探索を開始する。
(あー……でっけぇジュースですわ、ほしいわぁ)
まずミホスの目についたのは、
小さめのポリタンク容器に入っているかのようなジュースである。
味が美味しいか、不味いか、そんなことはこのサイズを見ればどうでも良くなる。
大きいものは見ているだけで楽しいのだ。
楽しいならば、ついつい家に置きたくなるのだ。
だが、実際に使うのはまた別の問題である。
コストコの買い物はその非日常感と相まって、
殉教者のように、ひたすらに誘惑と戦い続けることになる。
(ヒェ~~~!!!!マフィン12個でナナキュッパ!?)
もしもコストコを知らない方がおられるならば、
マフィンと聞いて可愛らしいサイズを思い浮かべられている方もしれない。
そのような方は拳を握りしめて頂きたい。
コストコのマフィンは貴方の握りこぶしよりも大きい。
人生を武に捧げた武道家が握った拳――コストコのマフィンはそれほどに
バナナナッツ、チョコチップ、ブルーベリー、アールグレー。
いずれも必殺の威力を持つ。
日持ち、値段を考えても、コストコのマフィンは買いだろう。
(あ、クソデカケーキですわ!!)
ミホスがケーキを見て、キャッキャと喜ぶ。
クソデカの名に恥じぬ巨大サイズのケーキである。
種類も豊富である。
顔から突っ込んでも、まだ半分無事な姿を残すような直方体のもの。
鈍器になりそうなサイズのロールケーキが二本入ったもの。
気円斬サイズのトリプルチーズタルト。
大抵がケーキ屋のものよりも安く、ケーキ屋のものよりも大きい。
1000円弱から2500円弱の範囲内である。
味に関しては買ったことがないのでわからないが、
ケーキを独り占めにしてみたいというのならば、コストコという選択は十分にある。
(アメリカの警官が食ってそうなドーナツ12個入りに……ヒェ~~~!!!
1.3kgのビーフガーリックライス!?
こっちは3.6kgの豚肉って……もはや凶器ですわ!!)
とにかくコストコの商品は大きく、そして種類が豊富である。
冬に行くと、未調理の七面鳥が売っていたりする。
年会費を入園料とするなら、ほとんどテーマパークと言っても過言ではないだろう。
ひとしきり商品を見終わったミホスは、レジへと向かう。
空港の荷物検査場を彷彿とさせるレジであった。
だが、ミホスのショッピングカートに商品はない。
ミホスはレジをスルーし、向かうのは――レジの先、フードコートである。
(商品を見ているとワクワクが止まらないのに、
レジに行くと理性が働いて何も買っていない……家族会員あるあるですわ!!
ちなみに、値段と量を考えるとマフィンとロティサリーチキンがおすすめでっせ)
ロティサリーチキン――ほぼ鶏一羽丸々といったボリュームの調理済商品である。
税込み699円でこのボリュームは、もはや安いを通り越して価格破壊。
鶏への尊厳陵辱と言っても過言ではないだろう。
ちなみに、コストコの商品は皆さんの近所のスーパーでも取り扱うことがある。
チラシのチェックを忘れないでおこう。
だが、ミホスにとっての本番はここからだ。
コストコのフードコート、悪役令嬢としての素質が試される場所である。
(コストコのフードコートは、
一つだけが飲み放題ですわ)
ミホスは躊躇なく、ホットドッグを注文する。
ドリンクバー(コストコはソーダ表記)が付いている食品はホットドッグだからだ。
ただし、ドリンクバー単品の値段が60円であるので、
結局好きなものを頼めば良いのである。
ただし、ミホスがホットドッグを頼んだ理由はしっかりと存在する。
(ドリンクバー付きで180円……この圧倒的な安さ!!
ホットドッグを頼まんという手はあらへんわ!!)
一般的なファミレスなら、ドリンクバーにすら満たぬような値段、
その値段でドリンクバー付きのホットドッグが食べられるのだ。
これはもう価格の暴力としか言いようがない。
ではサイズが小さいのかと言えば、
店で出るホットドッグの通常サイズ――否、それよりも若干大きいかもしれない。
(パンはしっとりと柔らかく、優しくソーセージを包み込み、
ソーセージはひたすらに肉厚でジューシーな美味しさ!!
噛みしめると肉の味がしっかりと溢れてきますわ!!)
コストコのホットドッグはパンとソーセージだけのシンプルな仕様である。
だが、それだけで十分に美味しい。
(しかし、それだけで終わらしたれへんわ!!)
だが、悪役令嬢の悪意は無垢なるホットドッグに対しても容赦なく向けられる。
マスタード、レリッシュには目もくれず、
徹底的にケチャップをかけ、オニオンをひたすらに盛る。
(ケヒィ……シンプルにそれだけで美味しい、そんなもんいらへんわ!!
圧倒的なケチャップと玉ねぎで……ジャンクに仕立てまりますわ!!)
ほとんどケチャップと玉ねぎの辛味に支配されたホットドッグを貪り、
ミホスはドリンクバーに向かう。
種類はペプシコーラ、ペプシゼロ、マウンテンデュー、なっちゃん(オレンジ)
別枠で烏龍茶の5種類である。
当然、飲み放題。
そして、持ち帰ることも出来る。
つまり、コストコの最適解は家族会員になって、
ドリンクバー60円を頼み、ひたすらに飲んだ後に、
ジュースを持ち帰るということになる。
だが、如何にミホスでもそれを実行したことはない。
悪役令嬢であることと申し訳ない気持ちになることは、また別の話であるからだ。
故にミホスは180円を払い、ひたすらドリンクバーを飲む。
そう120円余分に払っただけで、彼女の罪悪感は消滅するのだ。
コストコであろうと、彼女はドリンクバーを飲み、スマホをいじる。
異世界であろうと、コーラを飲み、スマホをいじって、ツイッターをやるのだ。
その上、オチもつけない。
何も買わず、180円払って母親の怒りが静まるまでダラダラする。
これが、恐るべき悪役令嬢ミホス・アンカディーノである。
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