実家を追放された悪役令嬢、コストコに異世界転移する(前編)
現代日本人から見ての異世界がそうであるように、
異世界人から見ての現代日本もまた、異世界である。
これは異世界人が現代日本という異世界に転移する物語である。
「ひぇ~~~ッ!!!死んでまいましたわ!!」
ミホス・アンカディーノ(20)が素っ頓狂な悲鳴を上げた。
現代日本で言えば、大学2年の女性である。
イェーマグチ王国、シェモセキ領の令嬢であった。
星の色を思わせる金髪を持ち、その肌は雪のように白い。
その色白の頬に少しだけ赤みがさしている。
上下を黒色を基調にしたジャージで包み、
その右手には飲みかけの缶ビールを、左手には鶏皮の焼き鳥を持っていた。
彼女の死に関しては悲劇という他にない。
夏休みなので、実家に帰省して朝から夜まで日がなゴロゴロと過ごす日々。
しかし、掃除機をかけても不動の彼女に母親がとうとう激怒し、
家を追放されてしまったのである。
しゃーない――財布だけ持って家を飛び出したミホス。
後悔してももう遅い、コンビニでビールでも買うか――そう思ったのだ。
サラリーマンに見せつけるようにコンビニ前で酒を呑もうと企んだのである。
ミホス・アンカディーノは悪役令嬢である。
酒を呑めない勤め人を横目にビールをかっ食らうことなど、
いや、そもそもコンビニ前で酒を呑むことに一切の罪悪感を覚えないのだ。
思うが早いか既にミホスはコンビニに向かう。
だが、すぐにビールを買うわけではない。
週刊少年誌を片っ端から立ち読みし、
終いには、青年漫画誌にまで手を付けると、ようやくビールと焼き鳥を購入。
レンジでチンした鶏皮を片手にコンビニ前で酒を煽りだした。
夕方になる頃には、母親の怒りも静まっているだろう。
そう思いながら、ミホスはビールをグビと呑む。
缶で見えぬ金色の液体は苦い。
だが、苦痛ではない。
弾ける炭酸ガスが爽やかで、スイスイと口の中に運べるのである。
頭はいくらでも呑めると判断している。
だが、飲酒はその判断そのものを狂わせる。
ミホスはタレのついた鶏皮を口に放り込む。
濃いめの味付けである。
ビールの味でいっぱいになった口内に仕返しをするかのような濃さだ。
――それでいい。
鶏皮のくにくにとした食感を楽しみながらミホスは思った。
ビールを呑めば、爽やかな苦味がタレを全て吹き飛ばす。
鶏皮を食べれば、その爽やかな苦味を圧倒的な旨味が消し飛ばす。
――無限にビールが進みますわ。
弁当を買ったサラリーマンを見ながら、ミホスは息を吐いた。
ぷはぁ。
昼から呑む酒ほど良いものはない。
それも野外だ。
太陽に祝福されながら酒を呑んでいる。
ミホスは心の底からそう思った。
ちょうどよい具合に酒が回ったミホスは思った。
――身体が
ミホスは頬を赤く染め、荒い息を吐いていた。
その視線はくるくると何かを求めて彷徨い、ようやく一つの所に留まった。
用水路だ。
涼やかな水が止まること無く流れている。
朗々とした水音に誘われるかのように、
ミホスは用水路に向けて、頭から飛び込んだ。
このザマである。
避けようのない悲劇であった。
「やらかしましたわ」
ミホスはビールを飲み、鶏皮を食べた。
焦ったところでどうしようもない、
くにくにと鶏皮を噛みながら、ミホスは周囲を見回す。
果てのない暗闇がどこまでも続いている、
それは神話に語られる世界が存在する以前の原初の闇のように思われた。
ぐびり――原初の闇の中でビールを飲む音が響き渡る。
そうだ、如何なる闇が相手であろうと、決して消せぬ光が存在する。
将来のことを一切考えていない大学生だ。
将来のことを一切考えていない大学生の放つ一瞬の煌めきは、太陽よりも眩しい。
将来のことを考えた瞬間に失われる儚い輝きだ。
果たして、これからどうなるのか。
何が自分を待ち受けるのか。
ミホスはそんなことを一切考えていない。
ビールが美味い、鶏皮が美味い。
今の彼女の中にあるものはそれだけだ。
故に、動じない。
((ミホス・アンカディーノ……!!))
その時である、ミホスの頭の中に声が響き渡った。
「ヒェ~~~!!!!」
ミホスが悲鳴を上げる。
将来のことを一切考えていない大学生も、びっくりする時はびっくりするのだ。
((落ち着け、私は神だ))
「か、神!?ほんまでっか!?」
神――信じられるものではないが、
しかし死んだ者に呼びかけるというならば、神か悪魔ぐらいしかいないだろう。
奇妙な納得があった。
((お前は自分が用水路に頭から飛び込んで死んだ……と思っているだろう。
だが、実際には死んでいない。
飛び込んだ瞬間にこの空間にお前を招いたのだ))
「道理で頭から血が流れていないと思いましたわ……」
((待っていたのだ……!!
お前のような将来を一切考えていない大学生悪役令嬢を……!!)
「なかなかのニッチジャンルですわね。
しかし……待っていたとは、とうとう私も異世界を救う系に?」
((いや……凄い神器を思いついたから、誰かに試してほしくて))
「凄い神器!?」
ミホスの頭の中で指を鳴らすような音がした。
その瞬間、彼女の前にカードが現れた。
誰が持つでもないのに、そのカードはミホスと目線をあわせるように浮いている。
「このカードはなんでっか……?」
ミホスはビールを飲み干すと、串を空き缶に放り込んだ。
そして、空いた手でカードを手に取る。
硬い、紙製ではない。
何らかの番号が表面に書いてあり、その下の方にはミホスの名が刻まれている。
((あらゆる物を購入しても、月々の支払いが一定額になるクレジットカードだ))
「月々の支払いが一定額に!?」
((基本返済金額は月に5000円。
購入総額に応じて返済金額は自動で上昇するし、多少の利息もある。
そして、通常のクレジットカードと同じように限度額も存在するが、
それを補ってなお、強力な神器だ……!!
私はこれを使いこなせるであろう勇者を探していたのだ……!!))
「……す、すげーですわ!!じゃあどんな物を買っても!!」
((ああ……!!月々の支払額は一定だ!!
お前を異世界に送る、この力を好きに使うが良い!!))
ミホス・アンカディーノは急激な浮遊感に包まれた。
指先に頭頂部、身体の端から感覚が徐々に消えていき、やがて完全なる無になった。
その時には、この広大な闇の中にミホスの姿はなかった。
「今日日リボルビング払いなんてガキでも使わへんわ」
ミホス・アンカディーノは財布の奥底に神器を深く仕舞い込んだ。
おそらく、二度とそのカードが日の目を見ることはないだろう。
月々の支払額が一定というのは一見安く見えるようである。
しかし、購入分の完済が遅くなるため、
その分、神にいつまでも利息を支払うこととなる。
そして、この神器によく似た存在が――異世界、そして現代日本にも存在する。
人間が生み出した恐るべき悪意の名をリボルビング払いと呼ぶ。
もっとも、リボルビング払いと名付けられても、その本質は借金である。
表面上の支払額が低くなるので、
金欠の時など、ついついリボルビング払いに逃げたくなるが、
リボルビング払いは悪魔との契約に似た人間には過ぎた力であるのだ。
「しかし、久々に来ましたわ異世界」
気づけばミホスの顔半分をマスクが覆っていた。
神のサービスであろう、ありがたくいただいておく。
異世界――ミホスの住む一般ファンタジー世界とは異なる恐るべき世界である。
まあ、何が違うかと具体的に言われれば困るのだが、
我々の感覚で言えば、地理感の無い他県に来たぐらいの恐ろしさがある。
なにより人間を堕落させる情報兵器――ツイッターの本場である。
気を引き締めてかからなければならない。
ミホスは周囲を見回した。
屋内駐車場のようである、駐車規模は百台単位はあろうか。
外の建物が若干小さく見えるということは、二階もしくはそれ以上だろう。
これだけで現在位置を把握することは出来ない。
あらゆるショッピングモールの可能性が存在する。
「あっ……アレは!!」
だが、ミホスはあるものを発見し、現在地を一つに絞り切ることが出来た。
巨大なるショッピングカート、
それこそ小象ぐらいなら乗せることが出来そうなぐらいの大きさがある。
あまりにもアメリカンなそのサイズのカートは、
見た瞬間に、客のテンションを爆上げすることを約束されている。
「コストコのショッピングカートやんけ!!」
通常のショッピングカートの約4倍程のサイズである。
当然、買い物かごなどというものはない。
コストコは客に手で収まるサイズの買い物をさせる気がない。
「コストコに異世界転移してしまいましたわ……!!」
コストコ――アメリカ発、ミホスの世界にも存在する会員制倉庫型店である。
そう、会員制であるのだ。
しかも年会費が数千円単位である。
常人が立ち入ることは許されぬ。
神がこの場所にミホスを転移させたということは、
それはすなわち、ミホスを試しているということである。
「やったりますわ!!」
会員制であるが、ミホスは怯まない。
コストコから逃げ帰るようなことはしない。
ミホス・アンカディーノ――コストコに挑む。
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