ドリンクバーだけで8時間粘る悪役令嬢

春海水亭

悪の華は、人の善意を吸いちらかして咲く

ドリンクバーには4種類の機械が並んでいた。

コカ・コーラ社製の飲料を吐き出す機械、

麦茶、野菜ジュースなど、消費期限の短い飲料を吐き出す機械、

複数のブレンドを吐き出すコーヒーマシンの隣の機械は

苦々しいものを拒絶するかのように、ココアやバニラミルクティーを用意している。

そして、数多のティーパックは紅茶以外のものさえもある。

温冷を合わせ、三十種類以上。


テーゴクシコク大陸、イェーマグチ王国。

その王都に存在する、とあるファミリーレストランに彼女はいた。

イェーマグチ王国の最西端、シェモセキ領を統治する領主の娘、

ミホス・アンカデーノである。


500フグ硬貨(1フグは日本円相当で1円)のみを持ち、

店員に一人と告げ、迷いなく席を選ぶ。

ミホス・アンカデーノはドリンクバーのすぐ隣の四人掛けテーブルに座った。

そして、注文用魔導端末で、ドリンクバーのみを選択する。




彼女の立ち振舞いは洗練されていた。

しかし、それは貴族の優雅さというよりも、

軍人の研ぎ澄まされた無骨な美しさを思わせた。


注文終了から刹那、迷いなくドリンクバーに向かう彼女の後ろ姿を見るが良い。

滝が荘厳さを持って地面へと流れるように、

金の長髪は横に揺れること無く、迷いなくただ下にのみ流れている。

動きに無駄が無いのだ。


彼女はまず、透明なグラスを手に持った。

そして、ピアノを奏でるように優雅にトングで氷をグラスに入れていく。

迷いなく、縦に、縦に、縦に積んでいく。


「ふふ……」

塔のように、グラスの中に正方形の氷が積み上がった。

特に意味はない、だがミホスの桜色の唇から笑いが漏れた。

花弁を吐き出すようなささやかで、美しい笑い声であった。


そして、コカ・コーラ社飲料を吐き出す機械にグラスをセットする。

ホット飲料はある程度の量を吐き出すまで自動的に注がれ続ける。

だが、クール飲料はボタンを押し続ける間だけ、飲料が注がれる。


月の美しさを思わせる、薄い金の切れ長の目が

機械から泡立つ乳白色の液体がグラスに流れるのを見た。


故郷を燃やされた少年が、仇を見るかのように、決して忘れぬことを誓うかのように

ミホスはひたすらにカルピスソーダを見ている。

何故、彼女がここまでドリンクバーに本気で挑むのか。

それは、彼女のとある過去がためである。


三年前――ミホス、17歳。

彼女が地元の学校で、

放課後に学友とファミリーレストランで過ごしていた時のことである。


――あかん、やらかしましたわ……

――あはは!ミホちの手ぇ、べったべたですやーん!


当時の彼女は、有り余る睡眠欲求を家だけではなく授業中でも発散していた。

だが、その日――彼女は珍しく授業中に一睡もしなかった。

しかし、それが悲劇を生んだ。

授業中に眠らないことは彼女の精神に徹夜をするほどの精神的苦痛を与えた。

故に、彼女はドリンクを注ぐ時に、

ぼーっとしてうっかりボタンを押しすぎてしまったのだ。


当然のごとく、ドリンクはグラスより溢れ、グラスを抑えていた彼女の手は濡れた。

避けられた悲劇であった。

彼女は二度と、繰り返さぬと誓った。。


その時以来、彼女は肉食獣めいた眼光をドリンクバーにも送っている。


(よし)

ミホスは心のなかで呟く。

適量を注いだ、彼女は席へと戻る。

ドリンクを注ぎ切るまでの僅か十数秒、しかし彼女に一切の油断も慢心もない。


右手にグラスを握りしめ、彼女は席へと帰還する。

異界よりもたらされし白無地の半袖装束には、

異界の筆字で「邪」「悪」の二文字が描かれている。


時間は9時。

モーニング料金でドリンクバーだけを注文し、

それ以外のものはランチどころかポテトすら注文しない。


持ち込んだものは携帯魔導端末と、図書館で借りた数冊の本。


(今日こそ、読書だけに集中したりますわ……!)


ファミリーレストランには魔導フリーWIFIが存在するため、

弾かれるサイトも出てくるが魔導インターネットを無限に利用できる。

(このファミリーレストランのモデルの話です)


そのために本を一気に読もうとしてもついつい携帯魔導端末をいじってしまう。

しかし、今日のミホスは覚悟を決めている。

(インターネットはあきませんわ、今日はほんまに本だけですわ)


もちろん、魔導フリーWIFIが悪いと言うなら、

WIFIの無いファミレスに行けばいいのかもしれない。


だが、ドリンクバーがこのファミリーレストランより充実していて、

WIFIが無く、お値段少し高めのファミリーレストランは、

客層が結構会話する人間多めで読書に集中できなかったりするし、

じゃあ今の価格帯以下のファミリーレストランになると、

ドリンクバーがコカ・コーラ社飲料を提供しなかったり、

ロイヤルミルクティーが無かったりするし、そもそも近所になかったりする。


そのためにミホスは魔導フリーWIFIのあるファミレスで、

インターネットの誘惑に身悶えしながら、本を読むのだ。


客の入れ替わりを気にせず、店の利益を気にせず、

ドリンクバーだけで、テーブルに根を張って咲き誇る悪の華。


人はそれを悪役令嬢という。

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